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追憶の欠片を拾い集めて
俺は君の前まで来ると、君と目線が合うようにしゃがみ、「久しぶり」と言った。
「おっ、優斗! 超久しぶり! 今日でちょうど1年ぶりだっけ?」
「うん、1年ぶり」
「何だよー、上京してから全然会いに来てくれないじゃん。今日と去年含めてたったの2回だよ? 誕生日にも来ないしさー」
「ごめんって」
君は頬をリスのように膨らませてそう言うと、俺は後ろに隠し持っていた真っ赤な菊の花束を君に見せる。
「はい、これプレゼント」
「えっ、菊だ! しかも私の大好きな赤色の菊じゃん! えっ、何々~、優斗気が利くじゃーん」
君はけらけら笑いながら肘で俺をつつき、受け取ると、「ありがとう!」と元気よく言った。
「あ、ねぇ、今日の俺どう?」
俺はずっと聞きたかったことを口にすると君はしばらく俺を見つめ、「キメすぎ」と笑った。俺もつられて笑う。
「今日はね、キメてきた。いつもは髪ぼさぼさだし、スーツなんて着ないんだけどさ」
「想像できるわー」
君がくすくす笑う。
今まで暑くて脱いでいた真っ黒なジャケットを羽織ると、君が「カッコいいじゃん」とニヤニヤしながら言う。俺は「ニヤニヤするな」と言うと、君が「てへぺろ」と言った。
「ねぇ、優斗。友達出来た?」
「出来たと思う?」
「出来てないと思う」
「正直だなっ!」
俺は突っ込むと、君がけらけら笑う。
「優斗、面白いのに。あ、さてはサークルとか飲み会とか行ってないんでしょ?」
「ご名答」
「それが原因だよー。サークルとかに所属したら絶対に友達出来るって」
「でも俺、大学生になって思ったんだけどさ。友達、別にいらないかなって」
「ネガティブー! はい、ネガティブ思考止めて!」
君はそう言って、俺の目の前で思いっきり手を叩く。俺は瞬きをすると、君を不思議そうに見つめた。
「だって大学生活の間の友達だろ? まぁ確かに、社会人になってからも交流がある奴もいるかもだけどさ。そう思うと、サークルに入ろうとは思わないし、飲み会もちょっとなぁ。20歳になったからお酒は飲めるようになったけど、俺は無理。多分、お前もお酒合わないよ。ていうか、お前が酒飲んだら何か荒れてそうー。酒癖が悪そうだよな」
「えっ、酷い! 優斗、残酷っ!」
「いや、残酷ではないと思うよ?」
俺は短いため息を吐くと、君が「お母さんはそんな子に育てた覚えはありません!」と言う。「お母さんじゃねぇだろ」とそこで俺が突っ込むと、君が明るく笑った。
「あ、水飲む?」
俺はすっかり忘れてたといった雰囲気で君に問うと、君が「飲む、飲む!」と元気よく言った。俺は君に水を渡すと、君がごくごくと勢いよく水を飲み干す。
「あぁ! 生き返ったぁ! もうこんな真夏日にさ、誰もお水くれないの。酷くない? あぁ、潤った!」
「それは良かった」
俺は微笑むと、君が「ありがとね、やっぱ優斗は神だわー!」と言った。
「なぁ、そろそろ泣いていい?」
俺は微笑みながらそう言うと、いきなりそう言った俺に君が驚いた様子で俺を見た。
「どうしたの、優斗? 確か、去年もそうだったよね? あ、やっぱり友達欲しいのに我慢してるんでしょ? もー、私の前では我慢しなくていいのにー」
君が呆れた様子でそう言った。俺は君を見ながら、ふーっと息を吐く。
「俺、ずっと我慢してたんだよね。ちょっとさっきフライングしちゃったけどさ」
「何々、私の前では我慢しなくていいんだよ。優斗には私がいるんだから。友達なら私がいるじゃん! ね?」
君が優しくそう言った。
「違う、そうじゃないよ」
君が不思議そうに俺を見る。
「俺さ、絶対にお前の名前呼んだら泣いちゃうからさ。心の中でも君とか、昔の記憶もお前の名前消してたんだよ。でもさ、もういいよな、泣いても。いいよな、名前呼んでも」
「言ってる意味が分からないよ。優斗、どうしたの? 大丈夫?」
「大丈夫なわけないだろ……。大丈夫なわけ……ないよ……」
君がしばらく俺のことを見つめて、俺の頬を両手で触る。
「名前、呼んで。たっくさん、呼んで」
真剣な瞳でそう言った。
俺はこくりと静かに頷くと、大きく息を吸って、息を吐くと同時に君の名前を呼ぶ。
「朱莉」
その瞬間、ぶちっと何かの糸が切れ、同時に涙がボロボロと溢れ出た。
ここに忘れていった追憶の欠片がゆっくりと俺の中で形作って、追憶を完成させる。
「朱莉……朱莉……」
朱莉との駅の想い出。
朱莉とのアイスの想い出。
朱莉との図書館までの道の想い出。
朱莉とのラーメン屋での想い出。
朱莉との夏祭りの想い出。
朱莉。
朱莉。
朱莉。
「朱莉……」
涙が滝のように瞳から溢れ出る。
1年間堪え続けてきた涙が、一気に流れ出た。
どんな時も朱莉の名前を消した。どんなに想い出したくても、想い出したら泣いてしまうから、俺はずっと朱莉の名前を消し続けた。
痛かった。
苦しかった。
朱莉。
朱莉。
「会いたいよ……」
「私はここにいるよ。優斗、ここにいるから」
「うん、知ってる。知ってるよ……でも……」
朱莉が俺を抱き寄せ、俺は朱莉の体に手を回した。
朱莉が「大丈夫、私はここにいるよ」と言いながら、優しく俺の背中を撫でる。
それが本物だったら、どんなに良かっただろうか。
「朱莉は……もう……いないんだ」
その言葉で、また涙が溢れ出る。
「痛い……苦しいよ……」
「優斗、大丈夫だよ。私はここにいるから」
朱莉はもういないのに、俺の頭の中に朱莉の声がずっと響いている。
2年前の秋から、ずっと消えない。脳に焼き付いて、ずっと声が消えない。
朱莉。
朱莉。
朱莉。
朱莉。
どんな時も側にいた。
思春期でも、喧嘩した時でも、ずっと側にいた。
朱莉。
会いたいよ。
朱莉。
何でいなくなっちゃったの。
朱莉。
好きだよ。
朱莉。
大好きだよ。
朱莉。
「朱莉……」
列車の時刻がどんどんと迫ってきている。
ああ、これでまた1年間俺は朱莉の名前を消し続ける。
俺は真っ青な空を見上げると、憎いほどの晴天をしばらく見つめながら涙を体の奥に流し込んだ。
全てが流し込まれた後で、俺はまた前を向いて、朱莉を見た。
朱莉のお墓を見た。
「朱莉。また来年な。絶対に、絶対に会いに来るから」
またね。
俺は君に心の中でそう言うと、この墓地に、追憶の欠片を忘れていきながら、俺は自分を遠ざけた。
「またね」と頭の中で君がそう言った。
振り返ると、真っ赤な菊が静かに揺れている。
「またね」
今度はちゃんと声に出して、そう言った。
「あなたを愛してます」
それが赤い菊の花言葉。
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