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その1
今年も残すところ、あと四日。
私はお抱えの庭師が門扉に正月飾りを取り付ける作業を眺めていた。
「お嬢さん、寒いから中で待たれては?」
「いいの」
作業といっても門松は出来上がったものを配置するだけで、しめ飾りを新年の干支に合わせてアレンジしているところだった。
結びの位置が定まると、庭師は脚立を片付けに作業車へ向かった。
車のドアをスライドさせる音、ハッチバックを開け閉めする音。
赤いリボンのかかった黒い箱と白い封筒を手に、庭師が戻ってきた。
私は心付けと称して、請求書より多めにお代を支払った。
屋内に戻ると、母親が台所で紅茶を飲んでいる。
「はい、お母さん。プレゼント」
美穂は黒い箱を母親に手渡した。
「あら、どうしたの?今日は何の日だったかしら?」
「ふふ、今年一年の感謝を込めて」
いそいそと赤いリボンをほどく母親の顔を見て、美穂はそっとほほ笑んだ。
「まあ素敵。私の大好きなお花」
母親は一本のカサブランカを取り出して満足げな声を上げた。
「良かったわ、気に入ってくれて」
それじゃあ出かけてくるわね。美穂は母親が花瓶に水を注ぐ姿を確認すると、用意していた鞄を手に持った。
「今日は帰ってくるの?」
「いいえ、誠一さんの家に泊まります」
「誠一さんも早く決心してくれるといいわね。美穂もこのお正月が明けたら三十歳ですもの」
濡れた手をエプロンで拭いながら見送りにきた母親は、期待しきった顔で毒矢を放つ。
「そうですね。お父さんも心配されているでしょうし」
「そうよ。誠一さんほどの出自の方なら、お父さんもきっと満足されるはずだわ」
「ふふ、頑張ってみますね」
そう言って美穂は家を出た。
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