トマト

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もともとトマトは、あまり好きではなかった。 でも昔、一緒にいたひとが好きだったから、私はトマトを使った料理をいろいろ調べて、試行錯誤しながら作った。 どうしたらあの青臭さを活かせるのか。じゅぶっと潰れる、いのちを摘み取ってしまうような感触を許せるのか。 そんなことを考えつつ、いろいろな料理を作った。 ミートソース、ミネストローネ、鶏肉のトマト煮。 どれも初めて作るのに、悪くない味に思えた。 そしてこのひととずっと一緒にいるんだろうなと思うようになるころ、私もトマトを好きになっていた。 そのひとのいいところも嫌なところも一通り見て、それでも、私にはこのひとが必要なんだと思っていたころ。 私はまだまだ青かったのだろう。 だからどんな欠点にも目をつむって、そのひとを愛しく思うことができた。今にして考えると、擁護できないほどの欠点もあったひとだったけど、それでも私は、このひとと生きたいと願っていた。 私にはこのひとしかいないんだと、思っていた。 なんてけなげなことだろう。 そのひとしか、男というものを知らないせいもあったのかもしれない。初めてを捧げたというのは、それほどまでに重い意味をもつのだと、青い私はかたくなに信じこんでいた。 そのころの私を懐かしく、いとおしく思うと同時に、涙が出そうなほどに、胸を締めつけられる。 ずっと一緒にいたい。君のことがなによりも大切だよ。 そんな絵空事のような言葉に、飛び上がるほど喜び、天に舞い上がるほどの幸せを感じられた日々。 思いはもうない。なにもない。あのあたたかな腕に抱かれたいとも、思わない。そのはずなのに、ただ青かった日々が脳裏をよぎり、どうしようもない思いが溢れる。 熟れすぎた果実は、やがてその実を地に落とす。もっともっとと望むほど、どこかが膿んで、ほころびが生まれる。 私たちの終わりは、そんなような必然だったのだと今ならわかる。真っ赤に実った愛という果実を、頃合いで抱きとめることができず、私たちは無様に地に落としてしまった。 今ならそんな風に、思える。
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