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一章
佐藤薫は、朝まだきに目を覚ました
独り身のそんなに多くはない荷物をまとめる以前から、この部屋はそんなに無駄だと思えるものがなく、言ってみれば無機質だった
そんな部屋の様子に薫が同調しているように何をするでも何を思うでもなくしているうちに、淡い色合いになった薄緑のカーテン越しにわずかに射し込んでいた白々しい光を浴びることになり、そこでようやく、縁も所縁もないこの街で、故郷の町にいた時間よりも多い時間を過ごしていたことを、ふと思った
県庁所在地としては札幌と盛岡に続き、三番目に東に位置する杜の都、仙台
それだけ東にあっても、緯度も高いため、夜明けを迎える時間はおそらく故郷の東関東の方が早いはずだ
この街で何度も陽が昇り沈むことに身を任せていたわけだが、そんなことを思ってみたりするのは今日が初めてだった
故郷の茨城にある国立の看護短大を出て、故郷の街からは遠いものの、まだ車で日帰りが出来るほどの距離にあった水戸の病院に一度は就職したが、落ち着く街ではないと感じた。かといって東京に特に憧れもなかった。生まれた街は首都圏の端にあるようなところで、過剰に「都会」を意識しなくても東京に出掛けることが可能な環境にあったからだ
仙台という街を選んだときには、そこに行かなければならないそれなりの理由があったが、それはとても独りよがりなもので、仕事とか家庭とか、事情という単語に紐づけられ得るものではなかった
どこにも根をはやすことのない薫が、たまたま風に吹かれてここにたどり着き、そしてたまたま今まで居着いていたと言う表現が一番しっくりした
ちょっとだけ詩的だと思う言い方をしてみるとするのならば
「どこで生まれてどこへ行くのか」
そういうことを深く考えてみたことがなかったのだ
勿論、どういう職について、そのためにはどんな学校に行って、そのためには何をして、それを効率的にするにはどこに所属して、とか。そんなことは散々してきた
だがそれは、生きるための手段を得る行為。或いはその手段を増やしたり、より便利にするための行為にすぎず、決して、どこで生まれてどこへ行くのかという、大袈裟に言えば根源的な疑念に対峙したものではなかった
そういう類いのものに一切向き合わずとも、簡単に安泰と平穏を手にいれることが出来るのが、いい悪いは別にして現代社会というものだ
本質的な戦い方を一切知らなくても、何らかの武器さえあれば生きていくことは出来てしまうということだ
「看護師」という武器を手にさえ入れれば、それなりには生きていくことが出来る。そういうふうに単純に考え、暮らしてもこられた
実際、もう五十歳を目前にした今日まで、生活的な不安というものとは無縁の時間がほとんどを占めていた
しかし
その暮らしの中で、今日のように、朝を明確に意識出来た日が何日あっただろう
「朝まだき」なんて、今時、ろくに読んだこともない本の中の文学の世界でしかお目にかかることのない単語を思い浮かべたり、その陽に照らされる濃淡を意識することが出来たり、それが故郷よりも早いのか遅いのか等という全く無意味な考察に時間を費やしてみたり
ついこの間、仕事を辞めるまでの毎日の朝は、昼を迎える為の通過点に過ぎず、昼は夜を迎える為に消費されるもので、夜は朝に備えるものでしかなかったのだ
ただ、そんなふうなことをふと思うことは、実は遠い昔には時々あった
文学とか芸術とか、そういうものを意識したことがあったわけではない
単に趣味というか趣向として、それを心地いいものとする人がいて、その需要に応えるものとして存在している本や映画ならば、見たり読んだり話題にしたことはあったけれど、そんな需給関係のような枠組みに納めてしまうものではないものと格闘してみたいような発想はなかった
ただ、そういうことをしている人に、少しだけ触れたことがあったのだ
だからからなのか、なんの役にもたたない、何かのためではない、だけど純粋に頭に浮かび上がってくるものごとに思考や時間を支配されるという現象が起きても、それを完全に無視して生活に没入できない人がいるということを知っていたし
本来、時というものが全ての人間に降り注いでいる以上、自分にもそういう時も訪れるかも知れないのだという意識が、奥の方にわずかにあって
明確に言葉や絵に出来るわけでもないので夢想とも思索とも違う、漠然とした、もやもやとした感覚に頭を包まれ支配される時間が、実はそんなに嫌ではなかったと思っている自分がいることにも薄々気がついていた
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