夜系(よるけい)

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夜系(よるけい)

 こんな時間に外を出歩いてるのは誰だ。私だ。紛れもなく私、佐藤咲だ。例えクイズにしても隠し味にしても指名手配にしても一発で「外を出歩いているのは佐藤咲です。」って答えられる。そのくらい、私は今「ああ、こんな時間に女子高生が、こんな都会に…」なんて思っている。そう、いわゆる「夜中に外出」というやつだ。そう言う、緊張感と開放的さと喉の渇きが混ざったようなやつを今やっている。こんなことしてるの、世界で私くらいなんだろうな、なんて、とりあえず思っとく。ホントはそんなこと無いことはなんとなく知ってるけど、夜は想像力を無限(もしくは無限擬き)にしてくれることでお馴染みなので、それでオッケーだった。  外出に理由はない。ただなんとなく、「このまま高校二年生を終えていいのか?」なんて思っただけだ(理由あったわ)。それで、もう午前1時前なのに、家の扉を開けた。内側から外側へ。その結果、気がつくと都会にいた。割りといつも通ってる筈の街が、なんか、知らない都会に見えた。実際手品かなんかの最中なのかもしれない。この夜は巨大な布で、外側では神様的な人たちが、いつの間にか街が変化してる、という地味な現象を心待ちにしてるのかも知れない。 「なんて、そんなわけないか」  外出して一言目の言葉が出てきた。誰も聞いていないのに発する言葉、通称、一人言だ。夜なのでよく聞こえる。私だけに。いや、目の前に自動販売機があるので、自動販売機には聞かれてたかも知れない。ロボットにも心があるみたいな時代な気がするからな、現代って。気のせいだけど。  私は、コーラを買った。こういう時、財布をちゃんと持ってくる用意周到性が、非常に計画的犯行に見える。まるで前日の午前中の理科の授業中には既に薄々「今夜はこっそり外出してみよう」と決めていたみたいに。  コーラを開ける。プシュっと音がする。なんてコーラな音なんだ。録音してやろうか。  はあ、こんな夜中に、女子高生が外出なんかして、どしたんほんまにって感じだわ。いとヤバし。何がだ。  まあどうせ街まで来たんだから、なんかして帰りたい。なんも無いのはやだ。けど、うーん、店なんか、なんていうかこう、「入るのに抵抗感がある店」しかやってない気がする。詳しくないのでわからないけど。先に色々調べとけばよかった。全然計画的犯行じゃ無いやんけ。  コーラを眺める。暗くて中身が見えない。コーラは夜なのかも知れない。コーラ=夜。暗いからそう見える。  一口飲んだ。普段の味だ。夜専用コーラとかじゃなかった。なんだろうな、自動販売機はなんとなく夜行性なのに(光ってるから)、コーラは普通だな。  そんなことを思っていると、不意に視界に動く人影を捕らえた。いや、都会になので人は夜中でも当然いるのだけど、そう言う問題じゃない人影を捕らえた。自動販売機が明るかったから見えたのかも知れない。いや、理論はわからん。けど、「違和感」として認識した。 「…女の子?」  夜中に、こんな所に、女の子がいる。ちゃんと暖かそうな格好をしている。なんだ、防寒対策してるのか、じゃあ安心だ。私はコーラを飲もう。 「って、そう言う問題じゃないって」  女の子は、まだ中学生くらいに見える。夜中に中学生女子が都会をフラフラ?なんて時代だ。いつの時代もそうなのだろうか。スマホの時計を見た。時代は書いてなかった。  いや、その、なんだろう。大丈夫なのかな。なにかヤバいことに捲き込まれたりしてないだろうか。変な想像が膨らむ。しっかり膨らまして風船にして飛ばしても、夜中なのでバレないかなってちょっと思う。どうしよう、話しかけようかな。話しかけて、大丈夫なのかな。  あ、なんか、こっち来た。自動販売機使うのかな。ちょっと動かなければ。いや、て言うか、私のとこ来てない? 「…なんですか?」  話しかけられた。 「え?な、なんですか、とは?」  動揺した。バレバレの動揺。夜中の街、動揺選手権優勝候補。 「いや、だから、さっきからずっとこちらを見ていましたが、私に何か用事でもあるんですか?という意味です」 「え、あー、えーと、それはその…」  言葉に詰まる。いや、別に言っても良いのか。 「あ、あの!中学生がこんな時間にこんな街に居るのは!なんか、こう、危ないって話だよ!」  緊張して変なテンションになった。女の子は、首を少し傾げる。風でショートヘアーが少し靡いている。わ、わたし、変なこと言ってないよね?普通だよね?普通過ぎて自動販売機とほぼ同化して見えなくなってる筈だよね?  すると、女の子は少し笑った。 「あなたも大概、高校生に見えますけど、高校生は夜中の都会に来ても許されるんですか?」  う、的確なことを言ってきた。最近の中学生の間では、的確なことを言うのが流行ってるのか?高校生は的確なことを言われるのに慣れて無いってのに…。 「わ、私は良いの!初めてだから!」  ギリギリ成立しそうなことを言った。ギリギリなので、簡単に崩れる塔だけど、この夜一晩くらいなら大丈夫な気がする。 「そうなんですね。私は常連なのでセーフです。夜のことをよく知ってるし、夜にも知られてる」  え、そんな、夜の都会にしょっちゅう来てるってこと?中学生が?  なんだろう、やっぱりヤバいことに関わってるのかな。大丈夫なのかな。 「あ、あの、夜の常連ってことはさ、つまりその、何をしてるの?」  思わず聞いてしまった。どんな答えが帰って来るのか少しだけ怖い。視線を街灯辺りにさ迷わせた。迷子になる前に女の子へと向けた。 「私ですか?私は、ダンスを踊っています」  予想外の回答。私は今、家の外じゃなくて、予想の外に居るのかも知れない。ダンス?えーと、授業とかで人気だったり人気じゃなかったりするやつ? 「?あの、ダンスのこと、知らないんですか?確かに外来語ではありますが、日本人は私を含めて英語がとても苦手な傾向にある種族らしいですが」  女の子は少し手足を上下させて、ダンスを表現している。 「だ、ダンスはしってるよ?けど、こんな夜中に、どこで?」  これも、聞いて良いのだろうか。「根掘り葉掘り」とは、あんまりかっこいいことじゃないかも知れない。人のプライベートを覗くわけだから。 「…あの、私は、あなたより背が低いですけど、別にヤバいこととかに巻き込まれてはいないですからね?そんなに詳しく聞いてこなくても」  確信を付かれた。 「あ、その…だったらよかった」  そして、ホッとした。 「…あなた、変な人ですね。初対面の人をそんなに心配する必要ありますか?」  そして今度は私が質問された。会話のキャッチボールは、夜でも、グローブが無くても出来る。 「…?別に、誰かを心配するのに、必要な条件なんかないと思うけど」  そう答える。あ、もしかして、不必要に心配されたくなかったのかな。その可能性はある。失敗した、不必要に心配してしまった。踏み込んでしまった。 「…あなた、ホント、変。こんな夜の街、似合わないです」 「に、似合わなくはないですー!似合いますー!私の庭ですー!」  つい反論してしまったが、なんで反論したのかは自分でもよくわかってなかった。これだから高校二年生女子ってやつは…。 「あの、もし良かったら、ダンス見ます?」  女の子が唐突にそう言った。いや、唐突だと感じたのは私だけなのかもしれない。夜の街では、これが普通で自然な流れなのかも。周りを見回す。ありふれた大気とそれに触れてる木々くらいしかない(大気の方は見えてる訳ではない)。 「え、その、ダンス?見せてくれるの?」 「ええ、別に全然、なんの知識も経験もない素人のダンスですが、見ますか?」  私は、数分前の私を思い出す。「せっかく夜中に街に来たんだから、何かあれば良いな」って思ってた。それが、今起ころうとしているかもしれない。 「見たい!是非見せて!」  食いぎみにそう言った。 「わかりました。ついてきてください」  女の子は歩き出した。それに付いていく。  少しずつ、一歩ずつ、自動販売機の光が遠ざかる。それがなんだか、凄く心細かった。別に他に光が無いわけでもないのに。  女の子は、夜の街を歩き慣れている。そう言う風に見える。なんの迷いもない。私にとっては迷路の世界が、彼女にとってはアスレチックみたいだ。  ビルの隙間の小道に入る。高層ビルの足元、そこに、そのビルの裏口があり、そこの扉を開ける。 「って、高層ビル入るの?!」  思わず突っ込む。いや、なんでそもそも鍵持ってるの。 「ここ、知り合いのビルなんです。自由に入ってオッケーなんで」  な、なるほど。納得した。一応。 「さ、あなたも、入って大丈夫ですよ?」  ビルに、入った。「入ったなあ~」ってなった。実感をわざわざするような出来事は、私の人生経験上、特別なことだと言う場合が多い。  ビルの中は暗い。所々何らかの明かりがついているけど、明かりの理由とか名前はわからない。  少し廊下を歩いた所で、女の子が立ち止まった。 「ここが、ダンスフロアです」  言ってる意味がわからなかった。いや、そのままの意味なんだと思うけど。 「夜のビルの中って、とっても自由なんです。だから、躍り放題ですよ?」 「ああ、そう言うことか。なるほどね」  納得した。それで、「ダンスフロア」か。凄く素敵な表現だと思った。 「ダンスって、どんなダンスを踊るの?」 「そうですね。ホントになんの知識もないですし、名前は無いです」  それはなんだか、とても良いことだと思った。 「…でも、そうですね。人に見られたことが無いので、いざ踊るとなると、普通に恥ずかしいです。どうしましょう」  女の子は、別に恥ずかしそうには見えないが、そう言った。言いたいことはわかる。だって、誰にも見られない世界だったから「ダンスフロア」として機能していたんだ。私が見ていたら、ただの夜のビルだ。 「あ、あの、私、どうしても見なきゃやだって訳じゃないから、その、1人で踊っても、大丈夫だよ?」  少し名残惜しいけど。でも、ダンスフロアの為だ。仕方ない。少し名残惜しいけど。少しじゃなくて結構名残惜しいけど。うう、見たい…。 「いえ、あなたには、見てもらいたいです。とっても恥ずかしいですけど」  相変わらず、言葉とは裏腹に、全然恥ずかしくなさそう。けど、嘘ついてる訳でも無いんだろうな。なんとなくそう思う。  でも、実際どうしよう。私が見ていて、のびのびと踊れるかなあ。 「あ、そうだ。あなたも踊りますか?一緒に」  急な提案。一瞬、理解が追い付かない。一瞬の次の瞬間、ギリギリ理解が追い付く。 「え?私?その、踊るの?」 「はい。楽しいですよ?私も、あなたが踊ってくれたら、踊れる気がします。所謂、『人は1人では生きていけない』というやつです」  素敵な提案だ。断る理由が無い。けど、多少の勇気はいる。その勇気は、ワクワクで補おう。 「えと、うん。踊る」  あー、私ってば、簡単にうなずいちゃうんだから。女の子の心配をしていたのが懐かしい。もしかしたらこの子が怪しい子なのかも知れないのに。夜中のビルに入り込める時点で、そうだろ。  けど、でも、それで良いと思った。 「じゃあ、一緒に踊りましょう」  女の子は、手を握って来た。 「え、え?その、一緒にって、そう言う?」 「?それ以外に何かあります?」  いや、単に二人で別々に踊るだけだと思ってたのだけど…と、言おうとしたけど、既にダンスは始まっていた。 「あの、私ホントに適当に動いてるだけなんで、上手くバランスとかとってくださいね?」 「う、うん。わかった」  ゆっくり、足を動かしたり、腕を上下させたりする。たまに手を離して、くるりと一回転したり。そんなことをしていて、気がつくと、廊下からオフィスらしき所へ移動していた。  なんだろう、夜中にビルの中でダンスを踊っているだけなのに、凄く「良くないこと」をしている気がする。犯罪って意味じゃなくて、ちょっとドキドキするというか…。 「あなたの髪」 「え?は、はい!」  ダンス中に会話が始まった。 「とっても綺麗ですね。長くて、よく見ると少し茶髪っぽい。月に照らされてるので、気がつきました」 「あ、ありがとうございます」  ダンス中に敬語、似合わないなあ。ていうか私、今、月に照らされてるのか。そうだよな。窓際だもん。  女の子の顔もよく見える。そんなにじろじろとは見ないけど。いや、女の子の方は割りとこっちを見てくる。 「え、その、そんなに見ても、なんもないよ?」 「見るのに理由なんか無いです。むしろ、あなたはちゃんと私を見てください。そのために呼んだんですから」  うう、確かに。月の方に目を向けてる場合じゃない。ほら、月だって、陰ってきてる。明るいうちに女の子を見ないと。ほら、実際少しずつオフィスも暗くなってきて、その影が集まって人の形をして、女の子の背後に迫ってきて… 「って、え?何?影?」  影が、襲ってきた。 「ああ、こいつですか」  女の子は服のポケットから銃のようなものを取り出して、影を打った。影は消滅した。 「夜のビルは、何があっても不思議じゃないですからね。ああ言うこともあります」 「いや、無いでしょ普通…」  銃を取り出したのも大分わけがわからなかったけれど、影の方に動揺してしまったので、感情を飲み込んでしまった。 「あ、そこ、危ないので、気をつけてください。落ちないように」 「え、落ちる?」  足元に影が出来ていたけど、よく見たら、底の見えない穴だった。 「まあ、私と一緒にいる限り、大丈夫ですけど」 「あ、あはは…」  夜のビルって、こんな感じなの?初めて知った。「知る」という行為は、本来的に「初めて」しかあり得ない気がするけど、そんなことを気にすることが出来るのも、この子と手を繋いでいるから、なのかな。 「ああ、でも、そろそろ上に行きましょうか。あいつは、少しだけ厄介なんで」 「あいつ?」  躍りを続けながら周りを見渡す。すると、先ほどより大きな影が、こちらを見ている。「見ている」と、何故かわかった。 「エレベーターに入りましょう」  気がつくと、エレベーターの前まで来ていた。いつの間にか、躍りながら誘導されていたみたいだ。  扉が開く。エレベーターに入る。  そこで、ダンスを一旦やめた。エレベーターが上に登り始めた。 「ふう、疲れましたね。どうですか、ダンスの感想は」 「えーと、思ってたのとは色々違ってたけど、楽しかったよ」  正直な感想を言った。嘘なんかつく理由なかったし。でも、もし嘘をついても、この子には見透かされそうだと少し思った。  エレベーターは上がっていく。一番上の階、つまり、屋上に。 「あの、高校生さん。名前はなんて言うんですか?」   「あ、私は、佐藤咲って名前」  そんな他愛もない会話をする。その間も、互いの手は握っていた。そうすることが当たり前な気がして、離せなかった。夜が「離しちゃだめだから」って言ってる気がした。いや、どうだろう。単に「離したくなかった」という理由かも知れない。よく、わかんないけど。 「あの、あなたの名前は…」  そう聞こうとすると、 「着きましたよ」  女の子がそう言った。エレベーターが止まり、扉が開いた。 「このビルで一番空に近いフロアです」  そう言って、女の子は手を離した。そして、屋上の真ん中に行って、一人で踊り出した。  む、一人じゃ踊れないんじゃなかったの?私と一緒じゃなくても、踊れちゃうじゃん…。  なんだか、少しだけ複雑な気持ちになった。この気持ちの理由と名前は、よくわからない。 「咲さん!」  急に、女の子に大きな声で呼ばれた。 「え!あ、はい!」  とっさに敬語になる。 「今日は!一緒に踊ってくれて!ありがとうございました!」  この子、こんな声も出るんだ。意外。  そして、女の子はダンスをやめて、こちらに歩いて来た。いや、ていうか、ちょ、近い。 「また、近いうちに会えたら良いですね」  そう言うと、女の子は、私の体に、抱きついてきた。 「え?ちょ、何」  動揺するのも束の間、少しずつ意識が遠退く。なんか、急に眠くなる。なんだろうこれ。あう、眠たい…。 「あの…あなたの名前…」  女の子の名前を聞こうとしたところで、私は眠ってしまった。最後に視界に入ったのは、地上より少しだけ近い所から見る三日月だった。  目が覚める。覚める。もうすぐ覚める。覚めた。 「あー…えーと、眠い…。ここどこ?」  気がつくと、どこかしらの公園にいた。いや、この公園は知ってる。自販機の近くのやつ。時刻は…公園の時計が6時半を指している。 「えーと、何があったんだっけ?そうだ、私、家をこっそり抜け出して、それで、女の子に会って…」  …!そうだ、女の子!  周りを見回す。誰もいない。女の子もいない。  「…夢だったのかな」  そんなわけ、ないと思うのだけど。けど、夢みたいな変なことばっかりだったもんな。  とりあえず帰宅しよう。まだ間に合う。何にだよ。  家まで帰るのが、なんだか嫌だった。もう少し街にいたかった。まだあの子がいる気がして。  頭の中では、既に今夜の計画を薄々考えている。「今日も街に出よう。あの子に会えるかも」という計画。なんだろう、わたしはそんなにあの子に会いたいのか?いや、そんなんじゃないと思う。またあの非日常を味わいたいのだ。夜の街がこんなに変な世界だとは思わなかった。それと、 「なんで一人で踊れたのか、気になるし…」  なんだその理由は。めっちゃ小さいことやんけ。あ、あと、「空に一番近いフロア」という表現も気になる。やっぱり、会ってちゃんと聞かないとな。うん。  夜が明けようとしている。今夜は、絶対に寝ない。夕方にしっかり寝る。よし、そうしよう。夜中に眠くならないようにしなきゃな。だって昨日は踊ったりして結構疲れたし、そもそも初めての夜間外出で結構緊張してたし、だから、ちょっと眠たくなりやすかったし、それに、最後に女の子に抱きつかれ… 「ま、まあ、とにかく!今夜は寝ない!」  急に恥ずかしくなった。気がついたら、家まであともう少しだ。  あ、それと、 「名前、聞かないとな」  一番それらしい理由が見つかった。よし、私は、今夜も外出していい。  じゃあ今夜はどこに行こう。まずは自動販売機かな。買うのはコーヒー。やっぱり私、計画的犯行の人だな。  鳥のさえずりがいつもよりよく聞こえる。朝だなあ。  あの子、朝はどんな感じで過ごしてるのかな。普通に学校の準備とかしてんのかな。  ほら、ちょうど、道の先を私の通ってる高校の制服の女子が歩いてる。髪型も昨日の子みたいだ。てか、背の高さも、ほぼ一緒だ。…ていうか、 「い!いた!不良少女!」  とっさに、そう叫んだ。いや、夜中に街に出る女の子だから、不良少女。間違ってない。間違ってないよね?  女の子はこちらを振り向く。私はそちらに駆け寄る。 「…な、昨晩の…なんで」 「なんでって、私の家がここら辺だからじゃん?あなたこそ、どうしてうちの学校の制服なんか…」 「それは…普通に私が高校生だからです」  女の子は、カバンで顔を隠している。どうしたんだろう。っていうか、この子高校生だったのか…。勝手に判断してごめん…。 「と、とにかく、私は学校行きます…!」  走り去ろうとする女の子。 「あ!ちょっと待ってよ!名前教えて!」  とっさに質問する。同じ学校なのだから、きっと会おうと思ったら会えるのだろうけど、一応。 「ふ、古田透です…高校一年生です…」 「透ちゃんかあ。透ちゃん。かわいい名前だね!」 「か、可愛くありません…」  透ちゃんは、ずっとカバンで顔を隠している。あの、もしかして、 「ねえねえ、透ちゃんさ。恥ずかしいの?」 「は、恥ずかしくないです!全然!」  あー、これは。なんとなくわかってきたぞ。 「透ちゃんさ。夜に気が大きくなる子でしょ」 「え?えーと、その。ち、違いますよ?全然違いますよ?」  透ちゃんの視線が、しどろともどろを行き来する。 「…ふふふ。あのね、透ちゃん。私、もともと夜型ではないのよ。だからね?日が出てる内の方が、結構テンション高いんだー…」  私は、透ちゃんの方に詰め寄る。 「あ、え?な、なんですか?」 「いや、だからね?同じ学校みたいだし。今日からよろしくね?ってだけだよ?」  私は、めちゃくちゃ普通なことを言った。だけど、なんだろう。昨晩とは立場が逆転している、この感覚。 「よ、よろしく、お願いします…」  透ちゃんがそう答える。私は透ちゃんに抱きついた。 「え?ち、ちょっと!なんですか?!」 「ふっふっふ。別にー?なんとなくだよー?」  ホントになんとなくだったし、嘘なんかつく理由ないし。 「…うう、夜になったら、覚えててくださいよ…」 「えー?それって、今夜も会いに行って良いってことー?」  ニヤニヤしながら聞く私。なんて性格悪いんだ。 「じ、自由にしてください!」  これからの高校生活、楽しくなりそうだな。そんなことを思った。時刻は、もう少しで7時になる所だった。        
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