表か裏か

1/7
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

表か裏か

 親指から弾き出されたコインが宙を舞った。ステンドグラスを通る極彩色の輝きが、表から裏へ、裏から表へと、交互にその両面を照らしていく。天へと昇ったコインは、やがて十字架の切っ先を超えると、今度は吸い込まれるように手の甲めがけて真っ逆さまに落ちていく。  礼拝堂には重厚なオルガンの音も、透き通った讃美歌も流れてはいない。ただコインが奏でる甲高い音とともに、祈りの言葉が繰り返されていた。  祭壇に腰かけた男は純白の司祭服を纏っている。年の頃は三十半ばを過ぎたあたりであろうか、爛々とする期待に満ちた眼差しは活力にあふれていて、守護天使よりかは勤勉にコインの行く末を見守っている。 「表」  いったい何度目の賭けだろうか、男は表以外を宣言することはなかった。しかし手のひらをどけると、そこには細工の施されていない裏面が姿を現す。だが今の彼にとってはそれだけで十分だった。男はコインをポケットにしまうと、蝋燭を吹き消して適当な燭台を袋に入れる。そして最後に、一枚の紙きれをローブの胸元に忍びこませると、ゆったりと教会を後にした。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!