(一)

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(一)

 時計を見ると十一時半だ。僕はドリルをパタンと閉じた。  横になって高校野球を見ていたお父さんが「終わったのか」と訊いてきた。 「うん」と答えた。  お母さんとばあちゃんが台所でお昼の用意をしている。道路から軽トラが入って来るのが見えた。じいちゃんが田んぼから戻って来た。 「じいちゃんも帰ってきたからお昼にするべ」とばあちゃんが言った。  テーブルには冷たいソーメンと沢山の天ぷらとばあちゃん特製のお新香、ぼくの嫌いなミョウガもちゃんとある。  お父さんとお母さんはお昼を食べて一足先に東京に帰るから、午後からは天国だ。小言を言われず目一杯かすみちゃんと遊べる。  ぼくのお父さんとかすみちゃんのお父さんが同級生で、ぼくとかすみちゃんも同い年。小学校三年生。田舎に来ると必ずかすみちゃんと遊ぶ。都会で育ったぼくには分からない遊びを一杯知っている。  かすみちゃんのお父さんは神主さんで神社はここから一キロほど離れている。大きな御神木(ごしんぼく)が村のどこからでも見える。千年経っているというから驚きだ。  神社は秋に行う祭礼の準備で忙しく、帰省したお父さんも準備に()り出されるが、お母さんに言わせると「準備にかこつけて飲みたいだけ」とのことだ。  毎日赤い顔をして帰ってくるお父さんはお母さんに小言を言われ小さくなっている。  今年の祭礼は十年に一度の大祭礼(だいさいれい)だという。沢山の人が集まるらしい、僕たちも秋にもう一度来るので今から楽しみだ。  みんなでお昼を食べていると床がグラグラと揺れだした。  地震だ。  じいちゃんがテレビをつけようとしてヨロリとなった。ぼくが素早くリモコンを手にした。地震は段々大きくなってくる。 「結構大きいわ」お母さんがテーブルにしがみついた。  一分くらいすると地震は止んだ。テレビから地震速報が流れた。  画面は大きな街の様子と驚いている人達が映り、文字と数字がいくつも流れている。たぶん地名と地震の強さだと思うが、この場所がどのくらいかはぼくには分からない。 「うーん、この辺は震度四強か」とお父さんが言った。  テレビで震源地付近の映像が流れた。スーパーやコンビニの棚から商品が落ちて散乱しているからここより激しい揺れだったのだろう。 「あなた、帰り道大丈夫かしら」お母さんが心配する。 「震源地は大分離れているから大丈夫だろう」  お父さんが言ったとたん、また家が揺れ始めた。余震だと分かった。学校で地震については勉強している。 「田んぼの(うね)は大丈夫だべか」とばあちゃんが心配する。  田んぼを囲っている盛土が畦だというのはぼくも知っている。畦が壊れたら田んぼの水がこぼれてしまうので大変だ。 「後で行ってみるべ」とじいちゃんが答えた。  みんな食べることも忘れてテレビを見ていると「おーい」と神主姿のかすみちゃんのお父さんが現れた。ぼくのお父さんと二人で何か話しはじめた。 「分かった」と言ったお父さんがじいちゃんに向かって「今の地震で亀石へ行く石段が少し崩れたみたいだ」と言った。  その言葉を聞いたじいちゃんとばあちゃんはなんとも言えない心配げな表情になった。こんな二人を見るのは初めてなのでぼくはビックリしてしまった。  亀石は小川を渡り、(こけ)むした石段を登った小高い丘の上ある石。亀の形をしているから亀石と呼んでいる。東西南北に大きな木があって注連縄(しめなわ)で囲われている。魔物を封印(ふういん)している石だという。その封印を代々(まも)っているのが亀石の真南に位置するかすみちゃん()の神社だ。  じいちゃんは(たた)られるから行ってはダメだと言っていたが、大きなクワガタやカブトムシが採れるのでかすみちゃんとこっそり行ったことがある。 「ちょっと行ってくる」と言ったお父さんは何だか真剣な顔つきになっていた。 「御札(おふだ)をもってゆけ。持っていれば魔物には見えん」とばあちゃんが言った。  かすみちゃんのお父さんが「ここにある」と手にした御札を見せた。 「調べるだけだべ、もし結界が破れていても二人だけで何とかしようするでねえぞ、家に戻らず神社さ行くべ」心配顔のじいちゃんが言った。  お父さんが「わかった」と言って二人は亀石に向かった。
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