(三)

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(三)

 亀石へ続く道には男の人たちが十人ほど居た。小川に掛かる橋は大丈夫だが丘の上へ続く石段は頂上付近が数段崩れ落ちていた。神主姿ともう一人が登って行くのが小さく見えた。お父さんたちだ。 「封印が破れてたらおおごとだべ」  誰かが口にすると「迷信だ」と笑う人が大半だ。  その時地面がグラグラと揺れた。余震だ、それほど強くないが三十秒ほど続いた。  揺れが収まって一息ついた時、亀石に続く石段が滑るように崩れだした。お父さんたちが石段と一緒に転げ落ちるのが見えた。 「あぶねえ」 「助けに行くぞ」大人たちが動き出した。  心配しながら見ていると、丘の上に茶色い何かが動いているのが見えた。目を凝らすと長い手足で全身毛におおわれている。  魔物だ!  木をかき分けて全身が現れた。家の二階より背が高い。一歩丘を下ると地震で弱っている傾斜が崩れる。  早くお父さんたちを助けたいが、今行けば大変な事になる。 「行っては危ない。あれが見えないの、魔物だよ、封印が破れたよ!」と叫んだ。 「余震で少し崩れただけだ。魔物なんぞどこにも居ねえべ」  大人たちは早く助け出したい一心で橋を渡り始めた。 「ねえ、見えないの、魔物が向かってくるよ」  もう一度叫んだが大人たちは信じない。それより二人を助けることに集中している。  かすみちゃんがぼくに首を振った。 「御札を持ってないのよ。だから見えない。でも魔物には見えてる」 「そ、それって……」恐ろしくなってその後の言葉が言えなかった。  魔物が助けに向かう人たちを睨みつけている。だがその姿をとらえているのはぼくとかすみちゃんだけだ。大人たちは誰一人魔物が見えていない。倒れているお父さんたちを助け起こした時、魔物が右足を大きく踏み込んだ。緩んでいる地盤が滑り石段が崩れ、土石となって人間を飲み込んだ。大人たちの悲鳴が聞こえた。もうもうと土煙が舞い上がり何も見えなくなった。やがてその土煙の中からうっすらと魔物の姿が現れた。 「ブゴゴオォー」  両手を空へ向け、耳まで裂けた口を目一杯広げて恐ろしい声を発した。空気の振動で村中が地震のように震えた。その姿は封印した神様に復讐戦をいどむように天を睨んでいる。 「逃げよう」とかすみちゃんがぼくの手を引いた。 「でも……」ぼくはお父さんたちを残して逃げるのは嫌だ。 「神社は結界、魔物も中に入れない。早く他の人たちを神社に集めないと、もっと大変なことになる」  目は真っ赤だ。口を真一文字に結んでこらえている。かすみちゃんだってお父さんを助けたい。でもそれより大切なことを忘れていない。 「分かった」と頷いて駆け出した。  うしろを確認すると魔物が小川を渡った。ぼくたちを追うように向かってくる。回りの様子を覗きながらゆっくり進むが、ぼくたちの駆け足と同じ速さだ。道の端に寄って魔物をやり過ごした。御札のおかげで見えないのだ。  自動車が走って来て魔物にぶつかった。運転者は何が起こったか分からないだろう。魔物の右手が振り下ろされる瞬間目を逸らしてしまった。  恐る恐る目を向けると自動車はペシャンコになっていた。握っているかすみちゃんの手が震えている。魔物は時々立ち止まって辺りを見渡して空に向かって吠える。ゆっくり一歩ずつ魔物は進む。どこに向かっているのだろうか。丁度神社へ行く分かれ道で魔物は立ち止まった。  突然、ブーンと空気を引き裂く音と一緒に右手が二階建ての民家を直撃した。それだけで家が壊れてしまった。驚いた近所の人たちが集まり出したが魔物の姿は見えていない。魔物がゆっくり人々に近づいて行く。舌なめずりするとよだれがポタポタ垂れた。このままでは踏み潰されてしまう。
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