(四)

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(四)

 その時、 (神社へおびきよせよ)と頭の中で声がした。  かすみちゃんに顔を向けると「聞こえたよ。神様の声」と頷いた。  落ちている石を拾って魔物の背中に投げると振り向いた。キョロキョロ見渡すがぼくを見つけることは出来ない。かすみちゃんが魔物の脇をすり抜けて集まった人たちの所へ行った。 「魔物がすぐそこにいる、逃げて」と訴えるが、魔物など見えないし子どもの話を信じる大人は居ない。逆に大声でかすみちゃんに何か言っている。  声を聞いた魔物がかすみちゃん達に向かって行った。もう一度石を投げた。またも魔物が振り向いた。でもぼくが見えないから苛ついて民家の屋根を壊した。目の前で家が壊れたから集まってた人たちが逃げ出した。ぼくは石を投げては逃げるを繰り返し、少しでも魔物を遠ざけた。でもどうやって神社まで連れて行くか良い考えが浮かばない。時間が掛かればそれだけ犠牲も多くなるから短時間で済ませたい。物をぶつけながら神社まで連れて行くには時間が掛かりすぎるし、途中で家を壊されたり人が傷つくかも知れない。  かすみちゃんが魔物をすり抜けて戻って来た。  その時自動車の音が聞こえた。魔物が反応して振り向いた。 「じいちゃんの軽トラだ」 「神様の声が聞こえたんだ」かすみちゃんの声がはずんだ。  軽トラは魔物に真直ぐ進んでいる。魔物が腕を振り上げた時、神社方向へ曲がった。(こぶし)が軽トラめがけて振り下ろされた。軽トラのスピードが増した。拳はアスファルト舗装にめり込み大きな穴が空いた。一撃をかされた魔物が悔しい唸り声を上げて軽トラを追う。ぼくたちも駆け出した。  軽トラはスピードを調整し、魔物につかず離れず神社に向かっている。  さすがぼくのじいちゃんだ。  魔物が立ち止まり、何かを物色しはじめた。民家の前に止まってたバイクを掴むと軽トラめがけて投げた。 「あぶない!」ぼくは思わず叫んだ。  バイクは軽トラをかすめて二メートルほど先に落ちた。軽トラが止まった。少しバックしてバイクを除けて走り出そうとした時、魔物の手が軽トラの荷台を捉えた。タイヤが白い煙を巻上げ空回りしている。魔物が軽トラを持ち上げて放り投げた。軽トラは神社の手前まで飛んでグシャグシャになった。 「じいちゃーん」  思いっきり叫んだ。落ちている物を拾い魔物めがけて投げた。魔物が振り返って向かってくるがかまうものか、じいちゃんのかたきだ。泣きながら投げ続けているとかすみちゃんがぼくの手を止めた。 「神社」とだけ言った。かすみちゃんも歯を食いしばり涙をこらえている。  ハッとした。神様の言葉がよみがえった。かすみちゃんはぼくにしっかりしなさいと言っているのだ。今一番大事なことは魔物を神社まで連れて行くこと。これ以上犠牲者を出さないことだ。ぼくは涙を拭って頷いた。  ぼくたちの見えない魔物は苛ついてところ構わず踏み潰している。右足が大きく上がった時、ぼくたちは魔物の股の間を走り抜けた。   鳥居をくぐると誰一人居ない。そこはまるで別世界、(せみ)の声が降り注いでいるのになぜか静かで(おごそ)かだ。  玉砂利を踏む足音が微かに聞こえてきた。
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