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(五)
小さな巫女だった。ぼくたちより小さい、一年生くらいだ。
「わたしが見えるか」
「はっきり見えます」とかすみちゃんが答えた。
「結界を解き魔物を引き入れる。本殿の中に入っておれ」
「わかりました」
答えたかすみちゃんに手を引かれ本殿の中へ入った。
格子状の観音扉から覗くと、魔物は鳥居の前で行ったり来たりしている。結界があるので中に入れないのだ。巫女の姿を認めると立ち止まり睨みつけた。
巫女は魔物など眼中に無いかのように静かに佇んでいる。ゆっくり鳥居に手をかざし何か唱えると鳥居前の空間が歪んだ。
結界が解き放たれた瞬間だ。
ゲートが開いた競走馬のように魔物が境内に侵入していきなり右拳を振った。
衝撃波に本殿が震えた直後、ブンッという空気を引き裂く低い音が聞こえた。巫女は飛ばされ巨大な御神木にめり込んでたくさんの枝葉が降り注いだ。
蝉の声がピタリと止んだ。
巫女が御神木から地面にふわりと降りて肩の塵を払った。何事もなかった顔をしている。
「千年の封印でだいぶ力が落ちたな」巫女が魔物に語りかけた。
その言葉に怒った魔物が「ブオォー」と吼えた。
それだけで本殿が地震のように震える。
巫女に駆け寄り大きな足を持ち上げた。丁度、象がひよこを踏み潰すかのようだ。
ぼくは思わず目を閉じてしまった。ドズンとおおきな縦揺れがした。
目を開くと土埃が舞っている。風が土埃を払うと魔物の足が地面にめり込んでいた。
その脇に巫女が何事もなかったように立っている。
もう一度魔物の足が襲う。巫女が右手一本で受け止めた。押し返すと魔物は大きくのけぞって倒れた。魔物はそのままの体勢で巫女の頭上へ拳を振り下ろした。拳が巫女をとらえ地面にめり込んだ。
「ブゴゴオォー」
天に向って、どうだと言わんばかりに高らかに吼えた。だがその拳が震えながら徐々に持ち上がり巫女が現れた。今度は袴を払った。魔物が明らかに困惑の表情を現した。もう一度拳が襲うが左手の人差し指一本で受け止めた。そのまま魔物の指を握り放り投げると、今度は魔物が御神木に打ちつけられた。
地面に倒れ、立ち上がった魔物の顔の前へ巫女が跳んだ。魔物は目の前の小鳥を潰すように両手をパンと合わせた。巫女は素早く魔物の親指へ乗り眉間を蹴った。ガクンと首が後ろへ傾き仰向けに倒れた。パッと巫女が空高く飛んだ。上空で一回転すると猛禽の如く一直線に狙う。
ドスンと魔物の腹が凹んで体がくの字になった。
巫女はやや離れた場所で窺っている。魔物がヨロヨロと立ち上がったが両足は小刻みに震えている。巫女を睨みつけたが明らかに弱っている。一歩、二歩と巫女に近づき、捉えようと大きな手を伸ばした瞬間、巫女が飛んで魔物の頭の毛を掴んでそのまま遥か上空へ舞い上がった。巫女と魔物が雲の中に消えた。しばらくして雲の中から小さな点が現れ徐々に大きくなる。魔物が落ちてくる。地球が真っ二つに割れたと感じるほどの、ものすごい衝撃で本殿が揺れて境内に大きな穴が空いた。
舞い降りた巫女がぼくたちに「出て来るがよい」と言った。
観音扉を開けて出て行った。境内はメチャクチャになって大きな穴が口を開いていた。
「力が完全に無くなるまであと千年掛かるだろう」
えーっ、千年も! 声には出さなかったが驚いてしまった。
「いま一度封印する。千年護るがよい」
巫女が、いや神様が厳かに言った。
「はい」とぼくは答えた。
あれから二十年が過ぎた。
「おとうさーん。おべんとうもってきたよ、さんにんでたべよう」
一人娘がかすみの手を引きながら駆けてくる。今僕は神主をしている。
(完)
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