魔王降臨

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 その少女は、ランタンを片手に村の中を歩いていました。  あたりはまだ暗く、村人たちは眠っている時間帯です。遠くからは、獣の鳴く声も聞こえてきます。狼でしょうか。  まだ七歳の少女モニカにとっては、とても恐ろしい道のりです。彼女自身も、本音を言うならこんな時間に外出したくはありません。  しかし、今でなくてはいけないのです。あと少しで日が昇り、みんなが起きてきます。それまでに、やるべきことをやらなくてはなりません。  やがてモニカは、村外れに建てられている小さな教会へと入っていきました。中はボロボロで、壁のあちこちに穴が空いています。床にも穴が空いており、ネズミがかさこそ動く音も聞こえていました。かろうじて、女神像だけは無事に残っています。  この教会は、女神リーブラを信仰する者によって建てられました。女神リーブラは、この地方では広く崇められています。  モニカは女神像の前にひざまずき、両手を胸で組んで祈り始めました。その目には、涙が浮かんでいます── 「神さま、お願いします……」  それから、十年が経ちました。  モニカは、夜の村を歩いています。村の様子は、十年前とは様変わりしていました。田畑は荒れ果て、空き屋が増えています。家畜小屋で飼われていた牛や鶏は、姿を消していました。今では、人もほとんど住んでいません。  そんな村の中を、モニカは虚ろな表情で歩いて行きます。  やがて、教会に辿り着きました。モニカは、そっと入っていきます。  教会の中は、十年前よりもさらにひどい有様でした。天井には、大きな穴が空いています。壁には傷跡が増え、得体の知れない染みが大量にこびりついていました。床には、鼠や虫などが堂々とうごめいています。  もっとも大きな変化は、女神像でした。像は、完全に撤去されています。もはや、ここは何のための場所なのかわかりません。  そんなボロボロの教会で、モニカは床に円を描き始めました。直径数メートルの大きな円です。さらに、古代の象形文字も書いていきます。  やがて、モニカは円の傍にひざまずきました。左手をまっすぐ前に伸ばします。  次いで、右手でナイフを握りました。そのナイフは大きく、鉈くらいの大きさがあります。また刀身には奇妙な紋章が彫られており、柄の部分には真っ赤な色の宝石が埋め込まれていました。  モニカは、そのナイフの刃を自身の腕に走らせます。腕は傷つき、血が流れました。  ぽたぽた垂れる血を円にかけながら、モニカは祈りました。ただし、それは今までとは違います。奇妙な、古代語による祈り……いえ、それはまがまがしい呪文だったのです。  やがて、円が光りました。異様に光る円の中から、ゆっくりと何かが浮き上がって来たのです。  それは、とても奇妙な格好の青年でした── 「やあ、可愛いお嬢さん。僕を呼び出したのは、君なのかい?」  青年は、にこやかな表情で聞いてきました。しかし、モニカは呆気に取られ言葉が出てきません。  それも仕方ないことでした。その青年は、二十歳くらいでしょうか。とても綺麗な顔をしていました。肌は白く、黒い髪は美しくつやがあります。目鼻立ちは彫刻のように整っており、おとぎ話に登場する白馬に乗った王子さまのようでした。  もっとも、それはあくまでも顔だけです。その青年は、とてもおかしな格好をしていました。頭には美しい黄金の冠を被り、紺色のマントを羽織っています。しかしマントの下は、白いパンツを履いているだけです。  ちなみに彼の履いているのは、「白ブリーフ」という種類のパンツです。これはとても大事なことなので、きちんと書いておかねばなりません。 「あの、あなたは本当に悪魔ですか?」  ようやく、モニカは口を開くことが出来るようになり尋ねました。  青年は、ん? という表情で首を傾げます。 「アクマ? いや、僕の名はアマクサ・シローラモだよ。アクマなんて名じゃない」 「えっ? あなたは悪魔じゃないのですか? 魂と引き換えに、どんな願いでも叶えてくれるって……」  目を白黒させながらのモニカの言葉に、シローラモはようやく理解したようです。 「ああ、そっちかい。いかにも、僕は悪魔だよ。正確には、魔王だけどね」  言いながら、シローラモはすっと顔を近づけてきます。 「で、君の願いはなんだい? 僕の能力(ちから)で出来ることならば、何でも叶えてあげるよ。ただし、君の魂はいただくけどね」  その問いに、モニカは無言のまま下を向きました。迷っているのでしょうか、その顔色は蒼白です。しかも、彼女の体は、ぶるぶる震えていました。  シローラモも、無言で待っています。にこやかな表情を浮かべ、モニカのことをじっと見つめていました。  やがて、モニカは顔を上げました。 「あなたに、叶えて欲しい願いがあります」 「では、君の魂を僕にくれるのだね?」  シローラモの言葉に、モニカはこくんと頷きました。 「もちろんです。私の魂でよければ、あなたに差し上げます」 「よろしい。では、願いを言ってみたまえ」
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