願いの叶う日

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 ここは都心にある高校、3年2組と札が下げられた。教室内には人はまばらで、校庭から部活動に勤しむ運動部の声が響いていた。  日が差し込む窓際の席。ため息混じりで机に置かれた紙を眺めいてる女子生徒に、首からお守りを下げた女子生徒が声をかけた。 「ミキちん、まだそれ出してなかったの?最終提出日って明日じゃない?」  ミキちんと呼ばれた女子生徒、藤原幹はうんざりした表情で顔を上げる。 「そう言う文香は出したの?」 「もちもち。」  お守りを下げた女子生徒、文香は笑顔で答える。  文香は誰か分からない人の席からイスを取り、幹と向かい合うように座った。 「第一志望から順に。近いとこ、少し遠いとこ、滑り止め。理由は全部家から近いから。」  紙を指さしながら文香は一つずつ答えた。用紙に書かれているのは進路希望。希望大学と希望する理由、それを第三希望まで記入できるようになっている。幹の用紙は全てもらったときのまま、空欄であった。 「なんかテキトーね。私もそんな感じで書こうかな。」  幹が投げやりに言う。 「えー、でももったいないよ。ミキちん全教科トップ10内でしょ。いい大学行けるじゃん。」 「親も先生もそれを言うから困ってるの。別にやりたい事なんてないし。」  そんなことをボヤきながら、幹の目線は文香のお守りに向いていた。 「そのお守り何?絶妙に似合ってないんだけど。」  幹の言う通り、制服にお守りは違和感がある。お守りがピンク色で金色の刺繍がされているから余計浮いて見える。唯一学生らしいところと言えば、そのお守りが学業成就であることぐらいだ。 「へっへー、この間の休みに行ってきたんだ。せっかく進路希望も出したし、ここらで気合いでも入れておこうと思ってね。」  文香は派手なお守りを幹の目前まで近づけて見せつけた。 「お守りなんて買いに行く時間があったら、その分勉強した方が合格すると思うよ。」  幹はお守りから目をそらし、窓から校庭を眺めながら答えた。 「ミキちんは現実主義だねー、占いとかも信じなさそう。今朝の占いだと山羊座が1位だったよ。」  山羊座は幹の星座だ。それを聞いた幹はまたしてもため息混じりに返事をする。 「今日、携帯家に忘れたけどね。」 「ミキちん、実は12位の牡牛座だったりしない?」 「間違えなく、1月8日生まれの山羊座ですけど。」  幹は用紙を折り畳み鞄に入れて立ち上がる。 「あれ、書かないの?」 「家で考える、文香も帰れば?」 「私はもうちょい残るのさ。今日は茶道部のお茶会の日だからね、茶菓子とお抹茶をいただくまでは帰れないのさ。」  あっそう、と幹は文香をあしらい鞄を肩に掛けた。 「神様に祈っといてあげるよ、進路希望書けますようにってね。」 「はいはい、ありがとね。じゃあまた明日。」  お守りを両手で握りしめ、あたかも祈っている雰囲気を出している文香を教室に残して幹は廊下へと出ていった。  帰宅途中、様々な人を見ながら幹は進路を考えていた。  すれ違ったスーツを着た男性も、コンビニでレジ打ちしてるおばさんも、隣の道路を通り過ぎたタクシーの運転手も、きっと皆進路希望を書いたに違いない。それが叶ったのかどうかはわからない。でも希望はあっただろう。それに比べて私は希望がない。やりたいこともないし、興味のある学問もなければ目標もない。ただ成績が良いだけだ。  なんかイヤミみたいに聞こえるだろうがこれが幹を悩ませる原因の一つになっている。自分の学力にあわせた大学を選んだとき、そこを希望してきた、いわゆるやる気のある人たちと学力をあわせることが出来るだろうか。逆に学力の低い大学を選んだとき、選んだ理由を親や教員が納得できるよう説明できるだろうか。  とにかく今の幹は目標がほしかった。適当な目標でも決めてしまおうか。たとえばそこで売っているたい焼き屋みたいになりたい、みたいな。  幹はそんなことをぼんやり考えながら、気が付けばたい焼きを購入していた。今食べる分で一つ、それと家でゆっくり進路を考えながら食べる分で一つ。  計二つのたい焼きを袋に入れてもらい歩きだしたとき、一人の少年が目に入った。八歳ぐらいの男の子で、肌の色はやや黒く東洋系の衣服。キョロキョロと周囲を見渡す行動から推測すると迷子のようだ。 「迷子?」  幹が少年に声をかけると、少年はおびえた様子で言葉を放ち後ずさりをした。  幹には少年の言葉が何を意味しているのか、そもそも何語であるかが分からなかった。とにかくこのままでは走り出して余計迷子になりそうと思い、袋からたい焼きを一つ取り出し少年に差し出す。  少年がたい焼きをこわごわと受け取ったのをみてから、幹は袋から自分用のたい焼きを取り出して食べ始める。  幹が同じ物を食べ始め安心したのか、少年もたい焼きを口に運んだ。  少年はたい焼きが気に入ったようで、口の中いっぱいにほうばり、幹よりも早くたい焼きを食べきった。  幹への恐怖心が無くなったのか。少年は幹が差しだした手を取り、ぎゅっと握りしめて手をつないだ。  さて。と、幹は周囲を見渡す。しかし少年の親に見えるような人物はみられなかった。仕方なく少し離れた交番まで案内することにした。  しばらく歩いたところで少年がやたらと細い路地へと手を引く。無理に交番まで引っ張るわけにもいかず、幹は少年に引かれるまま道を進んでいく。幸いにもこの辺はよく知っている道だ。多少小道に入ろうと迷わない自信が幹にはあった。  大通りを避け、裏道を通り、それでも僅かずつ交番には近づいていた。  途中、幹は気が付いてしまった。少し前の道を黒いスーツとサングラスを付けた男が通ったとき、少年が幹の手を離しあわてて近くの雑居ビルへと走り込んだことを。  幹もあわてて雑居ビルに入り、階段途中で少年の手をつかむ。 「もしかして、あの黒い服から逃げてるの?」  少年に問いかけてみるも返事は理解できない言葉だった。そもそもこっちの言葉も伝わっていないだろう。  しかたなく雑居ビルの階段を上っていく。一階に一つづつ扉があり、中には休業中と書かれた札がぶら下がっているところもあった。  ちょうど4階ほど上ったところだろうか、幹は階段の隙間越しで外が見下ろせることに気が付いた。  少年を隙間まで誘導し目線をあわせる。さっき通ってきた道の先で、先ほどと同じ黒スーツが数人、うろうろしているのが見えた。皆誰かを捜している様子だ。  幹は少年にも分かるように黒スーツを指さした。少年はそれを拒むように強く首を横に振った。  やはり少年は黒スーツ達から逃げているようだ。  ここでようやく幹は面倒ごとに巻き込まれていることに気が付き、あわてて警察に連絡しようと思ったが携帯を家に置いてきたことを思い出して落胆した。  幹は深呼吸を一つして、頭を働かせる。幸いにもここからなら黒スーツに見つからないように観察できる。人が減ってきたところを見計らって交番まで逃げ込めばいい。  不安そうに少年がこちらを見つめていたので、そっと頭をなでてあげる。  その後、階段に座り込んで彼らが完全に去るのをじっと待つ。街灯が明かりを灯し、日が傾き沈み始める。実際には約一時間ほどであるが、時計がない幹たちにとっては数時間にも思えただろう。日が傾くにつれ焦りが増し、少年と幹は何度も外を覗いていた。  それが悪手であった。下を歩く黒スーツと二人は目を合わせてしまった。  あわてて頭を下げたが遅かった。黒スーツ達は携帯で連絡を取り、続々と集まる。  幹はすぐに少年の手を引いて階段を上る。降りても彼らがいるだけなのでとにかく上るしかなかった。  5階、6階、7階と足を進める。途中にある店や扉を叩いて、開けてみようと試したがどこも人がおらず鍵がかけられていた。  屋上間近の8階に着いたとき、その階にあった扉には鍵がかかっていなかった。電気もなく暗い部屋だったが外から入る僅かな光から、同じコピー機や机が積み重ねられた事務用品の物置であることが何となく分かった。  このまま階段を上っても屋上しかない。幹たちはその部屋に入り扉を施錠した。  戸を閉めると部屋の暗さが余計に際だって感じた。幹はあちこちに体をぶつけながら、僅かな光を頼りに部屋の奥まで進む。部屋はそれほど広くない、教室の半分にも満たないほどだった。  ちょうど幹たちが部屋の一番奥。窓際のデスク側まで着いたとき、階段を上がる複数の足音と共に扉を叩く大きな音が聞こえた。  ガンッ!  あわてて幹はデスクの下へと身を隠す。少年もデスクの下へ引き込み、ぎゅっと抱きしめた。 「大丈夫、大丈夫だからね。」  日本語は少年に伝わらないだろう。それでも幹は何度も少年と、そして自分に言い聞かせるように言い続けた。  少しして階段の足音が遠のいたと思うと今度は下の階からガラスを破る音が聞こえた。  下の店は扉がガラス張りだった。きっと一つずつ調べているに違いない。  ここの扉は鉄製であったが幹は安心することが出来なかった。少年を抱く幹の腕にも力が入ってしまう。  音は徐々に大きくなる。それは下から徐々に上がって来ている証拠だ。  そしてついにその時が来た。  ガンッ!ガンッ!ガンッ!  ここの扉を何度も叩く音。音に交えて聞き覚えのない言葉での怒声も聞こえる。音は次第に増していき、扉が徐々に破られていくのが分かる。  少年が幹の腕の中で震えていた。  幹はここで初めて祈った。これまでの人生で祈ったことも、存在すら否定していた神様に対して。 『ああ神様、私たちを。いやせめてこの少年だけでもいいですのでお守りください。』  扉が破られ、中に誰かが入ってきた。乱暴で周辺の物が散り、何かが割れる音がした。中に入ってきた男は、何語か分からない言葉で怒鳴っている。  音が徐々に近づく。  もうだめだ、せめて私が囮になって・・・  幹がそう考えた時だった。 「動くな、警察だ!」  はっきりとした日本語が室内に響く。  その後、何人もの足跡が聞こえた。  銃声も聞こえた。  騒然とする室内。デスクの下からでも室内に強い光が当てられていることが分かる。 「確保おぉぉ!!」 「確保しました!!」  何人もの声が聞こえ、ガヤつく室内。  次に聞こえてきた言葉を耳にしたとき、幹の頬からは安堵の涙が流れた。 「安全確保しました!どなたかいらっしゃいますか!?」  警察に連れられて、幹はビル前で待機していた救急車内でバイタルチェックをされていた。幸いにも大けがはなく、室内に入ったときの細かい擦り傷が数ヶ所あったぐらいだった。  逮捕された黒スーツの人数は多かったが、警察はその倍以上の人数。さらに皆、特殊警察のようなヘルメットと防弾チョッキ、そして透明な盾まで使用していた。 「あの・・・」  幹は恐々と近くにいた警察官に声をかける。 「どうかされましたか?」 「えっと、助けていただいてありがとうございました。それと、どなたが通報してくださったんですか?」  お辞儀をした幹が問いかける。 「通報はたまたま近くを歩いていたビルの管理人からです。内容は複数人怪しい人物がいるとの通報でした。」  警察官は大人数の警察官を見せながら言葉を続ける。 「我々は近くの河川敷で合同訓練を行っていた特殊警察隊で、現場からもっとも近かったため出動したんです。」  つまりはたまたま見かけた人が通報し、たまたま近くに大人数の、そして装備のそろった警察官がいた。そういう事だ。幹は運に救われたと言っていいだろう。 「あの少年も無事ですよ。」  そう言う目線の先には声を上げて泣く少年がいた。側には母親らしき人がいて少年を抱いている。その傍らに立つ人が幹の方へと歩いてきた。 「奥様がお礼を言いたいと。」  流暢な日本語であるが黒人で、顔は東洋アラブ系だ。女性で紺のスーツ、赤のネクタイをしてキッチリした身なりであった。  導かれるまま少年とその母親の前にたつ。母親がスーツの女性にひとしきり話をすると、こちらをみて涙を浮かべながら深く、何度もお辞儀をした。 「息子の命を助けてくれてありがとう。とても感謝いているとのことです。」  スーツの女性が通訳する。  幹が返事に困っていると、少年と母親が少し話しをして、そして通訳に伝える。 「あなたは命の恩人なので、何か願いを叶えてあげる。とおっしゃってます。」  もしかしてこの少年はどこかの富豪なのだろうか。幹がスーツの女性に質問を帰す。 「あの・・・願いを叶えるって何でしょうか?」  スーツの女性は幹の返事を少年たちに伝えず、幹にしか聞こえないぐらいの声で教えてくれた。 「実はですね。このご子息様は神様なんです。」 「えっ!?」  幹が思わず声を上げる。  詳しく話を聞くと。この少年たちの国では王族に100年に一度ほどの周期で神を宿った子が産まれるそうだ。その子は一生に数ヶ月だけ、神の代役者となり願いを叶える力が宿るとされている。その王族がこの少年で、願いを叶えられる数ヶ月が今だと言う。  にわかには信じがたいが、それを悪用しようとするマフィアから逃げるため日本に来たらしい。しかし今回はどこからかその情報が漏れ、日本でもマフィアに追われてしまったそうだ。  神の代弁者である少年はスーツの女性に話しかけ、こちらに笑みを返してくれた。 「優しいあなたなら悪用しない。安心できると。ご子息様はおっしゃっています。」  願いを、と言われている状況とは裏腹に。幹の心はスーツの女性へと向いていた。  幹は考えていた、このように話せていたら今回の騒動はもっと早く解決できたのでは。そして何より幹の目には、日本語と他国語を流暢に話すこの女性がカッコ良く見えていた。  そして幹は一つの願いを少年にした。  あれから15年ほど経った。ホテルのラウンジテーブルで幹はスーツを着て、同じくスーツを着た女性と英語で話をしていた。内容は仕事の引き継ぎだ。  流暢な英語で幹はいくつかの質問をし、相手の女性は一つずつ丁寧に答えていった。  全ての質問を終え、最後に今回の雇い主への挨拶を行う。仕事で世界を飛び回る相手にとって、5ヶ国の主要言語を話せる幹はうってつけの人物だろう。  雇い主の部屋の前へと経つ。最高とまではいかないが、一般人が気軽に手を出せない、安全性と信頼がある価格帯の部屋だ。  幹は大きく深呼吸を一度して。ドアをノックする。中から返事が聞こた。幹は昔の自分が聞き取ることすら出来なかった言葉で返事し、ドアノブに手をかけた。  そこに誰が居たかは言うまでもないだろう。だって幹は昔、神様にお願いをしたのだから。 『私が大人になって夢を叶えたら、もう一度あなたと会えますように』と。
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