第一章『夢失く師の住み処探し』第六話 魔法車3

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第一章『夢失く師の住み処探し』第六話 魔法車3

「あのイヌネさんのが、通りがかりの私に、君の助けを呼んだことは本当だよ」 女性は、どういう経緯で、ソウキを助けてくれたのかを話す。 気を失っており、餓死寸前だったソウキを路地裏で見つけて、すぐに治癒魔法をかけて体力の回復を行わせてくれたという。 「それから、二日経ってようやく君が起きてくれて、私をイヌネさんと見間違えちゃってくれたの。ふふふ」 また、ソウキの思い出したくないイヌネの座敷わらし発言をいじって笑っていたが、ソウキにとってこの女性は、命の恩人であることには間違いない。とにかく、お礼を言わなければ。 「命を助けていただき本当にありがとうございました。この御恩は、絶対にお返します」 ソウキは、感謝の気持ちを込めて、今度は、深々と女性の方に向かって頭を下げた。 「良いよ。私は、魔法車でお客様の元へ駆けつける『なんでも万屋(よろずや)さん』の一番のお偉いさんなんだから。まあ、私一人だけだから、自然とお偉いさんの立場になれちゃったんだけど……」 そう言って、女性は、ソウキを二日間寝せて世話をしていた魔法の方を指差して言った。車の横側に、女性の言っていた『なんでも万屋さん』の看板があった。店名の最後に『さん』の文字を付けるところは、短い彼女との会話の中でしか分からなかったが、実に彼女らしいとソウキは思った。 こんな感じで、誰々らしいと思うことは、他人との深い関わりを味わったことの無いソウキにとって、とても珍しいことで、初めてなのかもしれない。 そんな風に、この命の恩人である女性のことを考え、不思議な己の感情に少しだけ浸っていた時だった。 「あっ、そうだ!」 いきなり、女性は大きな声を出し、ソウキの方を見つめてきたのだった。 ソウキという年にしては純粋な青年は、緊張で固まってしまう。もしかすると、心の何処かしらには、とても綺麗な女性からずっと見つめられているというちょっと妄想チックないやらしい気持ちも隠れていたのかもしれないが。それは、ソウキ自身にも分からない。 そんなこんなで、いろんな感情により、固まってしまっているソウキを前に、女性はそんな青年の仕草にも気づく感じもなく、平然とこう言った。 「君、私と一緒にこの魔法車で一緒に暮らしてくれない?」 「えっ……」 女性のいきなりの提案に、ソウキは、また、違う意味で固まった。 それは、この少し興味を抱いた女性と一緒にいることができるということが、一番の理由で固まってしまっているのではない。 それは、自分がこの女性と共に、暮らしていって良いのかということだ。 「わ、私、ちょっと慣れすぎないこと言っちゃい過ぎたのかな……」 固まり過ぎて無言になってしまっているソウキを見て、女性は少ししょぼくれてしまったようになっているのが分かる。 こんな女性に、何か言葉を絶対にかけなければならない。そんな気持ちにソウキは、いつの間にかなっていた。 ──何と言えば良い? ──自分は、どうすれば良い? そんな、自問自答が、始まったのと同時に、ソウキの中でのある思いとある思いのぶつかり合いもまた、始まり、ソウキ自身の心を呑み込もうとしていたのだった。
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