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第一章『夢失く師の住み処探し』第九話二択の選択3
「だ、大丈夫?急に、霊が抜けちゃってたようになってたけど……」
「へっ……」
ソウキは、女性の声によって我を取り戻した。
「す、すみません……。ボーとしていたみたいです」
ソウキは、今のボーとしていた間に何があったのかは分からない。ボーとしていたから、何があったなど当然、分かるはずもないのだが。
だが、分かったという確証まではないが、彼女の言っていた通り、自分の霊がここではない何処かにあったような感じがしていたのは、間違いないように思えた。
また、この感じが抜けた時の感覚は、朝の目覚めと近かったような気がした。
(この感覚は、いったい……?)
「あの……さっきの質問なんだけど、やっぱり、私なんかとは無理だよね……」
彼女が、落ち込んだ顔でこちらを向いてこう呟く。
「あなたと一緒にいるのが、嫌じゃなくて……」
ソウキは必死に、彼女の誤解を解こうとする。これは、彼女が嫌いだからではなく、何もできない自分が嫌いだからだ。
「私、自分の名前がシオン・ストリバっていうの」
──シオン……。
この言葉は、世間知らずのソウキも聞いたことのある名前だ。
創造主『シオン・クレア』──この世界の全てを造り出したと言われている人物。
そう言えば、この前のパンもその名前が入っていたなと、ソウキは今になって思った。
「知ってると思うけど、この名前を創造主様から授けられた人が、次から次に、創造主様と同じように行方不明になっていってるの。今度、皆の前から消えちゃうのは私かもしれないの……。だから、一人が怖くて……」
彼女が言葉に詰まっている。でも、今のソウキには、彼女に掛ける言葉がなかった。いや、こんな自分には、掛ける資格すらないと思っていた。涙を流して泣いてるたった一人にすら、寄り添うことができないのだから。
しばらくして、彼女は自力で落ち着きを取り戻すと、涙の痕がついた頬を優しく微笑ませて、だが、強い意思も込められているのだと感じられる言葉では言い表せない何かを、少し涙のせいで赤くなっている目でこちらに伝えようとしてきているのが分かった。
「私は、自分の運命が見えちゃってる。だから、せめてね、皆の前から消えちゃうその瞬間まで、皆を幸せにして、そこで得た笑顔を消えた後でも忘れないようにしなきゃって」
彼女の今のこの言葉には、確かな自分の心の底からこうありたいと望む信念があった。
「こんな泣き虫の私なんかが、皆を幸せにしようなんて無理に決まってるのかもしれない。でも、私にその力がなくても、これは私がやらなくちゃいけないの」
彼女の今のこの言葉には、自分の弱さを知り、それを認めたうえで、それでも自分が成し遂げるという絶対的な本物だと分かる、まさに、叶えるためにあるとされる強くて、高望みの希望があった。
「だって、こうすることで私のこれまでとこれからがあったって言えるから。そう言えないことの方が、私には消えちゃうことよりも怖いって感じちゃうの」
そして、彼女の長い最後の今のこの言葉には、自分を本当の意味で消失させないようにするために、やると決めた確かなものがそこにはあった。
これは、今の彼女にあって、今のソウキには無いものだ。
それに、気付いた時、ソウキの感情は定まった。
──俺には、力もない。知識もない。優しさもない。人と上手く関われるためのものも持ってない。でも、こんな俺にも夢(叶えるためにある希望)だけはある。
だから、決めたのだ。彼女と共に失った夢を取り戻すために。
──彼女と一緒にこれから過ごすというのは、決して自分の甘えではない。そうできるようにしていく。
──彼女と一緒にいる資格なんてない。これは、確かなことだ。でも、それがなくても俺は、俺自身の今までとこれからを嘘にはしたくない。消失させたくない。
考えは、どちらも叶わない二択の選択肢だけで、できてはいないから。
──俺は、自分の幸せだと思える住み処を探して、手に入れる。
──俺は、幸せを願う彼女を例え力が無くったって護り通す。
出なかったはずの言葉は、声は、これから踏み出すための一歩は、出た。
「俺は、あなたと一緒にこれからを共にしたいです。俺の望む住み処を手に入れるためにも。あなたの望む幸せな笑顔を手に入れるためにも」
「……」
彼女は、ただ黙ってソウキの言葉に耳を傾けている。
「だから、あなたを一人にさせません。
だって、俺の望む本当の住み処は、幸せを願う人たちが、居場所や心の置き所の無い人が、消失するかもしれない運命を背負っている人が、心から安心していることができる場所のことだからです」
これは、自分と不思議と感じる『何処かにいるかもしれないと思う、もう一人の自分』が声を揃えて言っているようだった。
◆◇◆
──この世界に転がり落ちていた『ひとつの鍵』は、ソウキの手の中へと入っていった。
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