桜の連鎖【短】

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制服を着てこの電車に乗るのも、恐らく今日が最後だろう。 3年間もこの電車に乗っていたのに、窓から見る景色を見て今でも感動できる。 それは私の心が純粋なわけではない。 今までは窓の外を見る余裕なんてなかったから...。 県内トップレベルの進学校に入学したその日、全校生徒に"よく出る単語帳"、通称"出る単"が配布された。 少しの隙間時間を無駄にしないよう、常に出る単を持ち歩いて読むように。 勉強していない時間は全て無駄な時間だと教わっていた私たちは、いつの間にか電車から外の景色を見ることを諦めていた。 ーーこんなところに、桜の木があったんだ。 この3年間、私は何をしていたんだろう。 先生に言われるがままに机に向かい、頭の中に詰め込んだ知識の量が多いことをステータスとして過ごした3年間は何だったんだろう。 解が導かれるような数学や物理の問題と違って、いくら考えても答えは出なくて。 結果として"合格"の2文字を勝ち取った時は、嬉しさよりもほっとする気持ちの方が大きかったことを思い出す。 電車がカーブに差し掛かると、自然とお守りを持つ右手に力が入った。 合格祈願。 今まで何よりも大切にしていた4文字。 これがあれば何もいらないと思っていた言葉。 この4文字を叶えてくれてありがとう、と神様にお礼を言うために私はしばらく電車に揺られる。 ドアが開き、私が降りると同時に、見慣れた制服を身にまとった新入生が電車に乗り込んできた。 右手には配布されたばかりの出る単が握られており、恐らく電車内ではそれに没頭するのだろうと予想された。 神社に着いたら、合格のお礼と共にこのお願いもしようと心に決めた。 ーー神様。どうかあの子たちも、桜に気付きますように。
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