第1章

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 これが友人とのお茶であれば躊躇なく手を伸ばしているところだが、こういったケースにおいてはいつ食べていいものなのか、それともいつ食べるべきなのかは、深く考え過ぎるマイカにとっては難しい問題だった。 「それで、依頼というのは何でしょうか?」  マイカは堪らず口に出していた。 「待たせてしまってごめんなさいね。実はもう一人お呼びしているのですが、まだ来られていないのです。申し訳ありませんが、もう少し待っていてくださいね」  マイカは壁掛けのアンティーク時計をチラリと横目に見た。時計の針は無情にも約束の時間の五分前を指している。やはりギリギリに訪ねた方がよかったかと後悔しながらも、時間に厳しい性格を呪わずにはいられなかった。  セントラルドームで別れたミルアとミウの姿が思い出される。ミウを連れて来るべきだったと今更ながらに悔やまれる。時間を潰すにも、今の状況はマイカ独りには厳しすぎたのだ。 「冷めないうちに、どうぞ」  学園長はマイカにお茶を勧めながら、自身も紅茶に口を付けていた。 「ありがとうございます……」  マイカはカップを手に取ると一口飲んだ。  普段飲んでいるドリンクマシンの紅茶とは段違いの豊かな味わいが口の中に広がっていく。鼻腔に抜ける柔らかい香りも気分を落ち着けていく。 「スイートミラージュのケーキです。若い人のお口に合うかどうか分かりませんが、宜しければどうぞ」  スイートミラージュと言えば、八十年以上も続く老舗の洋菓子店だ。 「はい……」  マイカは勧められるがままにケーキに視線を落とす。目に入るのはケーキナイフとフォーク。ケーキなら手掴みでも大丈夫、という生活に慣れきった身としてはナイフなど洗い物が増えるだけの存在でしかなかったのだ。  ナイフとフォークを手に取り、恐る恐るケーキへと手を伸ばしていく。フォークでケーキを抑え、ナイフを入れていく。パリッと音を立てるパイ生地と共にだらしなく側面からはみ出すクリーム。 「ウッ……」  マイカは思わず声を上げていた。  学園長は何事もなかったかのように変わらず微笑んでいる。  マイカは優雅さとは程遠い食べ方に恥ずかしさを感じつつも、そそくさと食べ進めていった。  そんな中、テーブルに置かれたユニバーサル・インターフェース・モニターから呼び出し音が鳴り響いた。次いで、女性の声が流れる。 「エミリア・ドールトン様がお見えになりました」 「どうぞ」
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