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 コレラか……と池上は唸る。大きな不安が社会に闇を落とすと、宗教に救いを求める人も増える。多くの宗教は健全であると信じたいが、中には人の心の弱い部分につけ込んで利益を得たり、力を持とうとする悪徳な新興宗教も現れる。現代社会でもそれは変わらない。池上達公安捜査官はそのような連中に目を光らせる。狼信仰がそういう対象ではなかったことに、なぜか安堵した。  「ただ、狼信仰の流行が、ニホンオオカミの絶滅の一因になったとも言われています」少し目を落としながら続ける岡谷。「土地土地で狼信仰の形は違ったものがあったようですが、場合によっては、祈祷のための道具として狼の頭などの骨を使います。あるいは、その骨を砕いて薬として飲んだという話もありますね。なので、調達のために狼は狩られていきました。それに、海外からの狂犬病の流入等も重なり、かつては山の神とさえ言われていた狼は次第に姿を消していった……」  骨を砕いて薬として飲んだ……?   池上は佐野の話を思い出した。大けがを負った草加が、神社の秘薬を飲んで奇跡的な回復をしたという。それはもしかしたら……。  「どうかしましたか?」  怪訝な表情をしてしまったのだろう。岡谷がのぞき込むようにしてきた。  「い、いや。恥ずかしながら、狼信仰というのはもっとオカルト的なものかと思ってしまっていたので、歴史ある信仰と聞かされて驚きました」  取り繕うように言ったが、本心でもあった。  「若い人にはそれも仕方ないでしょう。実際、昨今の妖怪ブームの際は、それと相まって三峯神社に参拝する人は増えていると聞きます。それに、今お話しさせていただいたのは、あくまでも狼信仰の大枠というか、日光法印由来のものです。それ以外にも各土地土地で様々な形の狼信仰があったでしょうし、それが今でも残り続けているところがあるでしょう。中には、一見オカルト的に感じられるようなのもあるかもしれません」
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