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 「奥が深く幅も広いんですね。一口に狼信仰といっても」  「そうです。先ほどは西洋では狼は悪役が多いと言いましたが、そうではない面も当然あります。例えばゲルマン神話のヴォーダン信仰の神の眷属は狼だと言われていますし、北欧神話の主神であるオーディーンも一対の狼を連れていたという。世界に目を向ければ様々な形の信仰があるのかもしれません」  「日本の、ここ神奈川県の山の方、例えば沢の北峠あたりに、何か狼信仰のようなものはありませんか?」  「沢の北峠? それはまた、なぜ?」  突然ローカルな話になったからか、岡谷が驚いていた。  「い、いや。土地土地で個別に伝わってきた狼信仰というものに惹かれたので。沢の北峠というのは、友人の出身地の近くなのでふと思い出しました」  誤魔化しながら応える池上。  「うーん。資料を探せば何か伝承も見つかるかもしれませんが、申し訳ないが今すぐというわけには……」  さすがにそれほどピンポイントで訊かれても困るだろう。こちらこそ申し訳なくなり、池上は「唐突にすみませんでした」と頭を下げた。  いやいや、と手を前に出して振りながら、岡谷は笑う。そして、ふと何かを思い出したように頷く。  「私は子供の頃、よく祖母に聞かされたことがあるんです。動物も物も、年月を経ると怪異になることがある、と」  「怪異?」  「ええ。日本には古来から、付喪神(つくもがみ)という考え方があるんです。もののけというか妖怪というか、とにかく、100年の時を経た物は意思を持ち怪異となる。唐傘お化けなんかはそうでしょうね。長年存在してきた傘が意思と不思議な能力を持った。動物もそうです。100年生きた猫は猫又という妖怪になると言われています。人を化かす狐や狸も、長い年月を生き続けて得た異能を発揮している。同じように、狼も100年以上生きたら人狼となる……」
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