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 「民間伝承の薬剤とはいえ、治験なしに大量投与するのは違法になる場合がありますよ。しかも、それが殺人事件の要因の一つになっているとしたら、問題だ」  福沢が咎めるような視線を向けながら言った。だが父は表情一つ変えない。  「その通りですね。誰かがそんな事をしたとしたら、しっかりとけじめをつけなければいけない。本来の目的とは違う使用方法だとわかっていながら薬品を海外へ流す、というようなことも重大な違法行為だと思いますが」  父のその言葉を聞き、福沢はグッと息を呑む。苦虫を噛みつぶしたような表情になっていた。  陽奈はハラハラした。福沢に対してだけでなく、明らかに圧力を感じさせる羽黒という男や、今はバラバラに散っているとは言え4人の屈強そうな男達を前にしても、父は泰然自若としている。  「御厨さん」羽黒が挨拶以降初めて口を開いた。低く響く声だ。「草加恭介という男性をご存じですね」  陽奈はハッとなる。離れた場所にいるので気取られなかったようだが、目を伏せた。  「もちろん。非常に惜しい若者を亡くしました」  父が一旦目を瞑りながら応えた。  「彼が、最近あなたの所に現れるようなことはありませんでしたか?」  羽黒が続けて訊く。とんでもない内容なのに、表情一つ変えていない。  「何をおっしゃっているんです? 彼は半年前、亡くなったんですよ? そちらの福沢さんが副所長を務める施設の火災に巻き込まれて」  一瞬だけ、父の口調が咎めるような感じになった。福沢は視線をそらす。  「確かにそのようになっています。ただ、彼の遺体が発見されたわけではない。あの事故では最終的に大きな爆発が起こった。運悪く可燃性の高い薬品に火がまわってしまったために。それに巻き込まれた人々の身体は、バラバラになってしまったんです。しかも黒焦げだ。外見から誰なのか判別はできない。その一部から、草加恭介さんのDNAが検出され、亡くなったことになっている。たとえば、火災や爆発により草加さんの身体の一部、指などが破損して落ちてしまったが本人は逃げ出すことができた、ということであっても、このような状況にはなり得る」  「それならば、本人がきちんと警察に戻るでしょう。私としても、彼がまだ生きているというならそんなに嬉しいことはない。でも、ありえない」  羽黒と視線をぶつけ合わせながら父が応える。
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