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 「警察に戻ることができるような状態ではないのかもしれない」  「どういう状態でしょう、それは? あまり想像でものを言うのはいただけませんな」  「どういう状態か、それは、あなたが一番ご存じではないですか、御厨さん?」  「おっしゃる意味がわかりませんが?」  対峙する2人。その横で、福沢が険しい表情をうかべている。  しばし沈黙があった。陽奈は息が詰まるような思いで見守った。抑えていても、ビジョン(幻影)が見えてくる。羽黒という男の後で、多くの人が泣いていた。彼はこれまで、平気な顔で何人もの人を傷つけ、時にはその命も奪ってきた。それが、陽奈にはわかってしまった。  「陽奈、どうした? 気分でも悪いのか?」  父が気づいたようで、羽黒にチラリと目配せしてから近づいてくる。  「大丈夫です。何でもありません」  焦りながら、自然と早口で応える陽奈。あの男、羽黒に自分のことを気づかれたくなかった。  「また来ますよ」  そう言い残し、羽黒は歩き出す。福沢が続いた。そして、境内にいた男達4人が素早くその2人を守るように動き出す。  彼等の姿が見えなくなると、陽奈は父に駆け寄りその手を掴んで訴えかける。  「やっぱり、何とかしないと。止めないと、ますます大変なことに……」  「うむ。わかっている。だが、それは、私やおまえには難しい……」  止める、それは滅する、つまり、この世から消すこと……。  確かに陽奈には無理かもしれない。しかし、ではどうすれば?  この世の(ことわり)を外れてしまったことは、正さないと……。   父に優しく肩を抱かれながら、陽奈は神社の向こうに聳える山々を見上げた。
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