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腹が減った。中年太りした腹回りを軽く撫でて腹の虫をなだめすかしながら、僕は帰り道の歓楽街を歩いていた。
余計な仕事に気を取られていたら、もうこんな時間だ。今晩は何を食べようか。
おっ、こんなところにラーメン屋が新しくできている。本格的に冬らしい寒さになってきて、冷えた体を温めるには打って付けだ。
「へい、らっしゃーい」
一昔前の屋台を思わせる店内に入ると、すかさず店主のおやじの声が飛んできた。
おぉ、店構えだけでもそそられたが、入ってみてもなかなか雰囲気のある内装じゃないか。これは、出てくるラーメンも期待できそうだ。
会社でのストレスを忘れるため今日ばかりは、先月の健康診断で改善指導されたコレステロール値のことは忘れることにしよう。
店主のおやじが湯切りざるを振るっているのが見える、カウンター席に僕は座った。
「何にしやしょう?」
メニューを覗くと、見るからにうまそうなラーメンの写真が並んでいる。
だが、それよりも僕の食指を動かそうとしてやまないのが、メニュー立ての横にある壺に入ったニラのピリ辛漬けだ。
ラーメン屋で「ご自由にどうぞ」と置いてあるこういうトッピングって、何とも言えず食欲をそそるんだよな。
無料の付け合わせがどんな味かで、店のレベルも自ずとうかがい知れるのだ。僕は思わず、舌なめずりをした。
「大将、初めて来たが、この店なかなかだね」
「それはラーメン食ってから言ってくださいよー」
色褪せたTシャツ姿のおやじは笑った。店の奥に座っている客に出す分なのか、炒飯を中華鍋で煽っている。
「そりゃもちろんそうなんだが、このニラの照りを見て、匂いを嗅ぐだけで、ラーメンも間違いないって僕の腹が太鼓判を押してるよ」
「さっすが、お目が高い。うちの自慢の壺ニラだからねぇ!
ラーメンを食べ切るまでの間中、食べ放題で800円だよ。
どうだ、太っ腹だろう」
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