壺ニラ800円

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 ラーメンよりは値が張るが、仕事でこれほど疲れているのだから、少しぐらいの贅沢は許されるはずだ。  脂の乗った鮮魚の味を想像しているうちに、もう寿司以外は受け付けない舌になってしまっていた。  暖簾(のれん)をくぐり入ってきた僕に気が付くと、戸口近くのテーブル席を布巾で拭いていた店員が顔を上げ、「いらっしゃいませ」と明るい声とともに頭を下げてきた。  そうそう、こういうのでいいんだよ。やっぱり客商売なんだから、丁寧な物腰は大切だよな。  寿司を食べるときは戦略が物を言う。まずは淡白な白身魚から入って、次に光り物、そして濃厚なネタへと責めていくか。  いやいや、一番空腹なときに大トロでガツンと舌を麻痺させるのも悪くない。  オーダーの順番を吟味しながら、通勤かばんを座席の下へ潜り込ませ、すぐにでも食べ始められるよう身の回りを整える。  さっきのラーメン屋で食べ損ねた分も相まって、食欲は準備万全だ。  ……おや? 醤油がない。 「すみません、醤油ないんですけど」 「お醤油ですね、かしこまりました。  小皿1杯の醤油で500円になりますが、よろしいでしょうか」 「えっ、500円? 醤油だけで?」  回転寿司だったら、一番高い金色の皿と同じぐらいだ。醤油ごときにそんな値段を付けるとは、どういうことなのか。 「失礼しました」と言ってすぐに持ってきてくれるのを想定していた僕は、呆気に取られた。が、すぐに言い返す。 「たかが醤油でその値段はないだろう。  ふざけてるのか? こっちは客なんだぞ」
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