壺ニラ800円

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「恐れ入ります、お客様。  お醤油は寿司をお召し上がりいただく上で、もっとも大切な要素と言っても  過言ではありません」  そう言って、慇懃(いんぎん)に腰を少し曲げた店員は続ける。 「どれほど新鮮で舌がとろけるほどの魚貝、ふっくら輝かんばかりの酢飯を用  意しましょうとも、醤油を欠かせばまるで話になりません。  この漆黒に(つや)めいた調味料に、わたくしどもは寿司そのもの以上の価値を見  出してございます」  一体こいつは何を言っているんだ。空腹のあまり腹が立ってきた。  醤油などその辺のスーパーで買えば、1リットルでも200円ぐらいのはずだ。がめついにもほどがある。 「さらに、寿司にワサビをお付けする場合、こちらもオプションになります。1貫あたり50円プラスの追加料金になりますので、必要でしたらお申しつけください」  寿司にワサビが入るのは当たり前のことだろう。むしろ苦手な人がいれば「抜いてくれ」と申し出るものだ。  それにしたって、ワサビ抜きにしたところで値引きされるわけでもない。 「加えまして、お客様。当店では緑茶やガリなども有料の商品となっておりま  すので、どうぞご承知おきください。  緑茶が300円、ガリは150円になります。  どちらも寿司にあわせる脇役ですが、欠かせない名脇役ですので」  その言葉に、僕は堪忍袋の緒が切れた。  道理で外は寒いのに、熱いお茶の一杯も出てこないわけだ。  醤油、ワサビだけでは飽き足らず、緑茶やガリまで料金がかかるとは……。 「口コミサイトでぼろくそに書いてやるよ。  醤油の艶めきだかなんだか知らないが、そっちの儲けばかり考えて客を喜ば  せるつもりのない店なんか、すぐに廃業に追い込まれるだろうな!」  カッとなった勢いのままに、気付けば僕は叫んでいた。  頭髪の薄くなった中年だからと見くびってもらっちゃ困る。ネット社会の時世を(わきま)えようともしない飲食店など、淘汰されればいいのだ。
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