5人が本棚に入れています
本棚に追加
「恐れ入ります、お客様。
お醤油は寿司をお召し上がりいただく上で、もっとも大切な要素と言っても
過言ではありません」
そう言って、慇懃に腰を少し曲げた店員は続ける。
「どれほど新鮮で舌がとろけるほどの魚貝、ふっくら輝かんばかりの酢飯を用
意しましょうとも、醤油を欠かせばまるで話になりません。
この漆黒に艶めいた調味料に、わたくしどもは寿司そのもの以上の価値を見
出してございます」
一体こいつは何を言っているんだ。空腹のあまり腹が立ってきた。
醤油などその辺のスーパーで買えば、1リットルでも200円ぐらいのはずだ。がめついにもほどがある。
「さらに、寿司にワサビをお付けする場合、こちらもオプションになります。1貫あたり50円プラスの追加料金になりますので、必要でしたらお申しつけください」
寿司にワサビが入るのは当たり前のことだろう。むしろ苦手な人がいれば「抜いてくれ」と申し出るものだ。
それにしたって、ワサビ抜きにしたところで値引きされるわけでもない。
「加えまして、お客様。当店では緑茶やガリなども有料の商品となっておりま
すので、どうぞご承知おきください。
緑茶が300円、ガリは150円になります。
どちらも寿司にあわせる脇役ですが、欠かせない名脇役ですので」
その言葉に、僕は堪忍袋の緒が切れた。
道理で外は寒いのに、熱いお茶の一杯も出てこないわけだ。
醤油、ワサビだけでは飽き足らず、緑茶やガリまで料金がかかるとは……。
「口コミサイトでぼろくそに書いてやるよ。
醤油の艶めきだかなんだか知らないが、そっちの儲けばかり考えて客を喜ば
せるつもりのない店なんか、すぐに廃業に追い込まれるだろうな!」
カッとなった勢いのままに、気付けば僕は叫んでいた。
頭髪の薄くなった中年だからと見くびってもらっちゃ困る。ネット社会の時世を弁えようともしない飲食店など、淘汰されればいいのだ。
最初のコメントを投稿しよう!