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――どうして、こんなところに来てしまったのだろう。
私はある一通の手紙を持ちながら、見た目は豪華な洋館を見上げていた。本来自分と関わりのない場所に来てしまったことに対して、私は自分の行動の浅ましさに思わず自嘲してしまう。同時に白い息が私の口から漏れ出した。
今は十一月末。日もすでに暮れていることに加え、いつ天気が崩れて雨が降ってもおかしくはない寒空の下ならば当然の話だ。
私は身を震わすような寒さに更に口を歪めると、手にしている手紙に改めて視線を落とした。
「周防優希乃様へ――。凍り付いたその表情を笑顔で解かし、毎日明るく鏡の前で本当の自分に出会ってみませんか? カガミ相談所」
風の噂で聞いた通り、怪しげな謳い文句に、怪しげな地図、極めつけに怪しげな名前。そして、一番怪しいのは私のフルネームが記されているということだろう。
この紙に書かれているすべてが詐欺だと自白しているようなものだ。こんな胡散臭い手紙に誰が訪ねてみようなんて思うというのか。
――私か。
溜め息を吐くと、再び白い息が私の目の前に現れる。やり場のない自分自身への苛立ちをぶつけるように、手にしていた手紙を無理やりポケットにしまった。
そして、そのまま私は洋館から足を遠ざけようとした。この場所に来た理由は、カガミという人物に文句を言うためだった。何が笑顔だ。私は毎日明るく笑顔で鏡を見たいなんて思わない。けれど、実際に足を運んだら、最初に手紙を見た時に抱いた憤りはどこかへと消え、文句を言おうという気はなくなっていた。寒空で冷やした頭で考えれば、誰が勝手に何をしようとも、私には一切関係ないのだ。
私が洋館に背を向けた、その時だった。
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