1章 みんな集まれ~♪

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 ハヤブサのいっかちゃんは入り口からではなく、天井の隙間から飛んで入ってきたようです。  彼女はエレキギターを首から提げていました。 「今日はこの子で演奏させてほしいって頼んであるっキュ。おハナも一緒に演奏するっキュ」  おハナもこの提案には大喜びです。 「もちろんでし! いっかちゃんのギターと共演だなんて嬉しいでし。でもハナは何も持って来てないでし……」 「それは大丈夫。私は事前に話を通してたけど、ここならおハナの分の楽器もすぐに用意できるっキュ。そして二人で今日のイベントを盛り上げるっキュ!」 「はいでし!」 「あぁ。いっかはエブリスタでのイメージそのままの元気な女の子やな」  なんや安心するわぁ、と感想を述べる珠姐ぇは、どうやら先ほどのカナカナの陰気っぷりがよほど堪えているようです。 「いっちぃ、今日はキャメちゃんを連れていないっキュ?」  いっかちゃんがいっちぃに訊ねました。キャメちゃんとはいっかちゃんが可愛がっている、手のひらサイズのお茶目なカメさんです。 「キャメちゃんならここの川を見て興奮してたから遊ばせてあげてたんだけど……あれ? どこ行ったんだビエ?」  吹き抜けのエントランスには人工の川が流れていますが、確かにキャメちゃんの姿は見えません。そのまま川下の噴水の中を覗いてみましたがどこにもいないので、ならば上流の滝の方かとみんなは目を向けました。 「あれ、キャメちゃんちゃうか?!」  珠姐ぇが滝つぼを指さしました。  確かに緑色の小さなカメさんが滝つぼに浮いたり沈んだりしています。  一見すれば遊んでいるかのようでしたが、よく観察してみると、キャメちゃんは短い足をばたつかせて、あっぷあっぷと溺れているかのようにも……? 「大変ビエ! 川で遊んでいるはずが、いつの間にか滝に飲み込まれちゃってるビエ!」  滝つぼに落ちてくる水の勢いが思いのほか強くて、小さなキャメちゃんではその流れに逆らえなかったのです。  いっちぃの口から悲鳴が上がると同時に、いっかちゃんが翼を広げて飛び立ちました。滝つぼの周りは広い池になっているので、地上から手を伸ばすのでは届かない、空中からの方が確実と判断したのです。 「頑張れでし!」  おハナは小さなこぶしを握り締めて、いっかちゃんを応援しました。  八階まで吹き抜けになった広い空間を生かして飛び上がったいっかちゃんは、キャメちゃんめがけて急降下します。あぁでも残念。その手前で翼が滝に当たって、いっかちゃん自身がよろめいてしまいました。 「うわぁ。微妙なとこで溺れてもたな。あんなに滝の近くやと、いっかちゃんの翼がどうしても当たってまうんや」  珠姐ぇの言う通りです。三階から落ちてくる水はかなりの勢いがあるので、そんなものを浴びながら飛ぶのは至難の業。 「滝を止めてもらえるように頼んでくるビエ」 「いっかちゃんはもう一回挑戦してみるみたいでし」  いっちぃは走り出そうとしましたが、その傍らでおハナは天を見上げました。  一度はバランスを崩したハヤブサのいっかちゃんも、上空で旋回して体勢を立て直していたのです。そして狙いを定めて再び急降下―――その時です。 「!!!」  おハナの鼻先を風が通り抜けたかと思った時にはもう、何者かが高く跳躍していました。 「え……?!」  おハナは自分の目を疑いました。通り抜けた影が滝つぼを横切ったかと思ったら、それまで勢いよく水の流れていた滝が、一刀両断、地面と平行に斬られてしまったのです。 「んなアホな?!」  滝の水が止まった直後に急降下してきたいっかちゃんが無事にキャメちゃんをキャッチして、いっちぃの元へ。  パシャパシャパシャとカメラのフラッシュも光っていました。建さんはもちろん、こんな絶好のシャッターチャンスを見逃しません。 「キャメちゃん!」  いっちぃは歓声を上げ、大好きないっちぃの手のひらの上へ戻ってきたキャメちゃんも短い足をばたつかせて喜びを表現しています。 「今のは滝を……斬ったでし?!」 「侍……なん?!」  驚きでいっぱいのおハナと珠姐ぇの視線は滝の向こう側へ着地している影……いえ、イタチさんの後ろ姿に釘付けです。  イタチさんは手に日本刀を持っていました。つまり刀で滝を斬ったのです。これが侍でなくて何だというのでしょう。  滝は何事も無かったかのように再び流れ始めましたが、イタチさんは振り返るとぺこりと頭を下げました。 「千でござる。以後お見知りおきを」 「よ、よろしくでござる……じゃなかった、よろしくでし」  つられておハナも頭を下げ、珠姐ぇは「千さんは侍なん?」と問いかけました。 「さようでござる」  穏やかな口調で首肯するイタチさん。  その凛とした佇まいは、彼がどうぶつさんの格好をしていることをうっかり忘れさせてしまいます。外見がどうであれ、内面からにじみ出てくるオーラはこのレベルの達人になると隠せないものなのでしょう。 「すごい! カッコいいっキュ!」 「二人とも、キャメちゃんを助けてくれてありがとうビエ」  いっちぃがお礼を言った時、奥の廊下の方から白地に青い縦じまのユニフォームのようなものを着たどうぶつさんが出てきました。   「あぁ、皆さん揃ったみたいスタね。じゃあ話をするので、まずはこちらへ集まって欲しいスタ」 「タヌキ……でし?」  予想しなかったどうぶつさんが現れ、おハナの目が点になっています。だって、全身は茶色い毛でおおわれているものの、顔だけ星の形に白くなっているどうぶつさんなのです。そんなどうぶつっているものでしょうか。  おハナの呟きを聞き咎めたユニフォーム姿のどうぶつさんは、地団太を踏んで「タヌキじゃないスタ!」と叫びました。 「自分はエブリスタの公式キャラ、ハムスターのエブスターでスタ!」 「完全、タヌキやん」  どこがハムスターやねん、と珠姐ぇに笑われてしまったエブスターは、むうっと顔を膨らませつつも、みんなの先頭に立ってカフェコーナーへ向かいました。  カフェコーナーはエントランスのさらに奥です。シックなバーカウンターとソファが用意された空間で、真ん中にはグランドピアノが置いてあります。  そのグランドピアノで綺麗な音色を奏でていた演奏者さんがエブスターに声をかけられ、2、3言葉を交わした後、上手に曲を終わらせてくれました。  すたん。  ピアノの前から足音も無く立ち上がったのは、チョコレート色の柔らかな毛並みをしたネコさんです。 「おお! 弾いていたのはアキたんだったでしか」  また知り合いに会うことができて、おハナが喜びます。珠姐ぇが愛兎うっくんのフォルムであるのと同じく、アキたんも愛猫マルとよく似た容姿になっていたからすぐに分かったのです。 「アキたんも、いっちぃと同じスタッフ参加ビエよ」 「そうでニャ。今日はいっちぃやエブスターと協力して、イベントを全力でお手伝いするニャ」  ピアニストなアキたんは、優雅な仕草でみんなに一礼して見せたのでした。
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