*7.引き金を引いたのは

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「……大丈夫か?」  確かめるように目を閉じると、揺蕩(たゆた)うような浮遊感に身を任せてしまいそうになる。  ……だけど眠いわけじゃない。むしろその逆だ。  思考力は落ちていくのに、頭は妙に冴えている。次いで自覚したのは、身体の芯が熱を帯びるかのような高揚感。 「え……なぁ、本当に……」  何度呼びかけられても返事をしなかったからだろう。  河原はだんだんと焦ったような色を滲ませ、持っていたグラスを天板に置いた。  それでも俺が応えないでいると、 「…………暮科、――」  重ねて俺の名を飛ぶ声が、急に近くなった。  かと思うと、閉ざしていた視界が更に陰る。 「もしかして、気持ち悪いのか? 吐きそう、とか……?」  河原が心配そうに顔を覗き込んでいるのが、目を開けなくても分かった。  ともすれば息づかいまで聞こえてしまいそうな距離に、胸の奥がちり、と焦げ付くような痛みを訴える。  俺は無言で小さく首を振った。そのまま逃げるように顔を背けようとするが、思いがけずそれを河原が阻んでしまう。  俺の額にかかる前髪をそっと払い、素肌に触れる指先は、さっきまで持っていた冷酒のグラスのせいかひんやりと冷たい。  冷たいのに――何故かそこからじわりと熱が広がっていくような錯覚を覚えて、 「触るな」  俺はとっさにそれを撥ね付けていた。  ……やばいと思ったのだ。  河原に触れられることで、いっそう火が点いてしまいそうで。  そこから伝わる体温が、想像以上に心地良く思えてしまったから。 「あ、ごめん……」  河原は弾かれたように手を退()いた。すぐさま掠れた声で謝罪を呟き、俺から離れる気配が続く。  俺はそっと目を開けた。その視界の端で、河原は俺に背を向けて、けれどもそうして腰を落とした場所は、 (だから……近いんだよ)  少し手を伸ばせば、容易く届いてしまう距離だった。 (…………我慢、できなくなるだろうが)  ラグの上に座り込み、俺の乗るソファに背を付けて、ゆっくりと瞬く河原の顔は仄かに赤い。
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