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「……大丈夫か?」
確かめるように目を閉じると、揺蕩うような浮遊感に身を任せてしまいそうになる。
……だけど眠いわけじゃない。むしろその逆だ。
思考力は落ちていくのに、頭は妙に冴えている。次いで自覚したのは、身体の芯が熱を帯びるかのような高揚感。
「え……なぁ、本当に……」
何度呼びかけられても返事をしなかったからだろう。
河原はだんだんと焦ったような色を滲ませ、持っていたグラスを天板に置いた。
それでも俺が応えないでいると、
「…………暮科、――」
重ねて俺の名を飛ぶ声が、急に近くなった。
かと思うと、閉ざしていた視界が更に陰る。
「もしかして、気持ち悪いのか? 吐きそう、とか……?」
河原が心配そうに顔を覗き込んでいるのが、目を開けなくても分かった。
ともすれば息づかいまで聞こえてしまいそうな距離に、胸の奥がちり、と焦げ付くような痛みを訴える。
俺は無言で小さく首を振った。そのまま逃げるように顔を背けようとするが、思いがけずそれを河原が阻んでしまう。
俺の額にかかる前髪をそっと払い、素肌に触れる指先は、さっきまで持っていた冷酒のグラスのせいかひんやりと冷たい。
冷たいのに――何故かそこからじわりと熱が広がっていくような錯覚を覚えて、
「触るな」
俺はとっさにそれを撥ね付けていた。
……やばいと思ったのだ。
河原に触れられることで、いっそう火が点いてしまいそうで。
そこから伝わる体温が、想像以上に心地良く思えてしまったから。
「あ、ごめん……」
河原は弾かれたように手を退いた。すぐさま掠れた声で謝罪を呟き、俺から離れる気配が続く。
俺はそっと目を開けた。その視界の端で、河原は俺に背を向けて、けれどもそうして腰を落とした場所は、
(だから……近いんだよ)
少し手を伸ばせば、容易く届いてしまう距離だった。
(…………我慢、できなくなるだろうが)
ラグの上に座り込み、俺の乗るソファに背を付けて、ゆっくりと瞬く河原の顔は仄かに赤い。
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