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「ちょっと耳かして」
言うなり、木崎は両手が塞がっていた俺の耳元に顔を近づけようとする。
俺は少しだけ身を屈め、自分からも彼の方へと頭を寄せた。木崎は背が低いので、こうしなければ届かない。
「明日も二人、休むみたい。さっき店長室の前通ったら、偶然聞こえて……しかも」
偶然? 聞き耳を立ててみたら、の間違いだろ。
思いつつも、溜息混じりに「しかも?」とだけ聞き返す。
ゆっくりとシンクの方へと歩きながら、木崎のひそひそ話に耳を傾けていると、
「このままだと、厨房の子もホールに出さなきゃなんないかもって……」
更に声を潜めて続けられた言葉に、俺は思わず目を瞠った。
危うく〝置く〟というより〝落とし〟そうになった食器をシンクに下ろし、
「…………河原もか?」
倣うように潜めた声で返せば、木崎は「うーん」と曖昧な仕草で首を捻った。
そうじゃなければいいけどね……と、その目が物語っている。
自然と深い溜息が漏れる。つられたように木崎もはぁ、と息をついていた。
「……とりあえず、そっちはまだ未定なんだろ」
「まぁ、ね」
暫しの沈黙ののち、俺たちは揃って作業中の河原をそっと振り返った。
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