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「でもほんと、昨日は一滴も飲んでないんだよ」
「……そうかよ」
「だからまぁ……気圧のせいかもね」
「あぁ? 天気痛ってやつか?」
「そう、それ」
(なんだよ……)
ぺろりと舌先を覗かせた木崎に、俺は呆れたように息をついた。
なんだかんだ言って、木崎は早番も遅番も、そしてホールも裏も全てこなせる貴重な人材の一人だ。正直、こいつがいるのといないのでは全然違う。
「そういう暮科はどうなのさ?」
「俺はここ数年風邪らしい風邪なんてひいていない」
「……それって自慢できることなの?」
言外に、「なんとかは風邪ひかないんでしょ」と言われた気がして俺は無言で彼を見た。睨むように横目に一瞥――。
すると木崎は「冗談だよ」とけらけら笑って、俺の背中をばしばしと叩いた。……これで本当に頭痛がしているんだろうか。
「とりあえず、気をつけろよ」
念を押すように言って、俺は再度深い息をつく。
そこにホールからの呼び鈴が響く。慌てて洗ったばかりの手を拭こうとすると、
「いいよ、俺行くから」
それより先に、木崎がさっと厨房を出ていった。
普段はいい加減なところも目につく男だが、こういう時の切り替えの早さは見習いたいところでもある。
(つーか、明日も二人休みかよ……俺の休みはいったいいつになるんだ)
思いながらも、俺は手早くシンク内を整えると、新たな来店客を機にホールに戻った。
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