0.Prologue

3/9
前へ
/379ページ
次へ
 *  * 「で……ロッカーはここな」  数分後、再び更衣室へと戻ってきた俺の前には、見慣れない一人の青年が立っていた。  俺は名前の書かれていないロッカーの一つを示しながら、「あと、これ」と、ついでのように持っていた制服を差し出した。  けれども、それを彼はすぐには受け取ろうとしない。  一拍おいて、ようやく手を出してきたと思ったら、驚くほどぎくしゃくとした動きで制服を掴み、続けてぺこりと――いや、どちらかと言えばがくりといった感じの動きで頭を下げた。 (……なんだ?)  一言で言えば挙動不審。  そんな彼の仕草や表情――は長めの髪と俯きがちなのとでよく見えないけれど――は何て言うか……まるで油の切れたロボットみたいというか、とにかくそれくらい不自然に見えた。  緊張しているせいなのだろうことは想像がついた。ついたけれど、そのぎこちなさはうっかり目で追ってしまうほどで、そのたび俺は意識して視線を逸らすのに必死だった。  大学卒業と同時に、俺がレストラン〝アリア〟の正社員となって2年目の春。  その日、新たに社員として入ってきた彼の名前は、河原(かわはら)英理(えいり)。年齢は俺と同じ二十三歳、木崎は早生まれだから二十二だが、学年は共に同じだ。  店長室に呼ばれた俺は、ろくな前振りもなくいきなり彼を紹介された。そしてそのまま、一方的に押し付けら――任されたのだ。新人である彼の教育係を。
/379ページ

最初のコメントを投稿しよう!

348人が本棚に入れています
本棚に追加