3.近いようで……

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「え……木崎は?」 「さっき上がったよ。何か用事思い出したみたいで」 「そ……」  そうなのか……。 「暮科にもまた明日ー! って声かけてたけど……聞こえなかった?」 「……」  聞こえなかった。全く気付かなかった。  いつのまにか、自分で思うより集中していたのだろうか。……というか、どうせ河原に向けた言葉だと思って聞き流してしまったのかもしれない。 「集中してたもんな」 「は……?」 「俺もさっき、ちょっと覗いたし」  厨房から直接繋がっている、カウンター内の小さなドアは、ホールへと続くマジックミラーが付いているものと同じスイングドアだ。要は気をつけて開閉すれば音がほとんどしない仕様。  それもあって気付かなかったのだろうか。  ……不覚だった。 「……とりあえず、上がる?」  思わず閉口してしまった俺の顔を、若干覗き込むようにして河原が僅かに首を傾げる。  ……いや、近ぇんだよ。  俺はさりげなく半歩身を退くと、「あぁ」とだけ答えて、さっさと階段の方へと歩き出した。とくんと跳ねた心臓の音は、すぐには収まってくれそうにない。  キッチンの照明を落とし、今日は俺が河原の前を行く。この動揺が顔に出ているとは思わないけれど、何となく今は見られたくないと思った。……当然、こんな心境で「木崎と何話してたんだ?」なんて訊けるはずもなかった。
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