3.近いようで……

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(……有言実行……か)  俺は眩しいように目を細めながら、改めて河原が言った言葉を反芻した。  反芻すると、自然と溜息が漏れて、温度差に白くなった霞が風に消える。 「クリスマスかぁ……」  その横で、残っていたコーヒーを飲み干した河原が感慨深そうに呟いた。顔に笑みを滲ませたまま、眼前に広がる夜空を見上げながら、 「俺は絶対、それまでに恋人(そういうの)とかは無理だけど……。……でも、せめて酒の一杯くらい飲みたいな」  空気は澄んでいたけれど、今夜見える星はそう多くはない。それでも彼は見惚れるように頭上を眺めて、どこかはにかむみたいに「ふふ」と微かな呼気を漏らした。  俺は一つ瞬き、持っていた缶を頬に当てながら僅かに首を傾げる。 「あぁ、木崎とか……みんなでってことか」 「え……まぁ、それも楽しそうだけど……」 「……?」 「……暮科(お前)と、だよ。さっきも言っただろ、最近一緒に飲めてないなぁって」 「――……」  相変わらず河原の言葉に他意はない。それは見ていればすぐに分かる。  彼は元々、隠し事や嘘があまり得意じゃないのだ。俺や木崎と違って――。  ……なのに俺の心は揺れてしまう。こんなふうに河原がくれる何気ない言葉に、過剰なほど反応してしまう。  そこに何の意味もなくても、ただそう思ってくれる彼の気持ちが嬉しくてたまらない。反面、期待してはいけないと分かっているから胸が苦しくなる。  俺は缶を下ろすのに乗じて視線を落とした。空を仰ぐ河原とは対照的に、俯きがちに足元を見つめる。 「そうだな……」  それからようやく呟いた。  微かな笑みを口端に貼り付けて。胸の奥に、疼くような痛みを抱えたまま――。
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