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「えっと……とりあえずそれ、着てみて」
「!」
受け取った制服を手にそのまま棒立ちとなっていた彼に声をかけると、びくりと肩を揺らされた。と同時に、ばさりと持っていたそれが足元に落ちる。
(え……)
いや……いったいどんな反応だよ。逆にこっちがびっくりするわ……。
思いながらも拾ってやると、
「あ、ぁ、すみ、ません……」
途切れ途切れの返事と共に、再びぎこちなく差し出される彼の手。一瞬掠めたその指先は、すっかり血の気が引いたように冷たくなっていた。
「っと……着方……は、わかるよな?」
「だ、大丈夫、……だと、思います……」
「……じゃあ、うん」
いちいち想定外の彼の様子に、俺まで微妙に戸惑ってしまう。
けれども、そう言ってからは彼も何とか手を動かして、真新しい制服を一つずつ袋から取り出し始めた。
真っ白いシャツに黒いリボンタイ。黒いパンツにカマーベスト(ホールに出ないスタッフのベストの着用は任意だが)、そして丈が長めのギャルソンエプロン。
その一つ一つを、自信なさげに目の前にかざして確認しながら、脱いだ服をロッカーにしまい、順番に袖を通していく。
(河原英理、か。……変わったヤツだな)
第一印象はそれしかなかった。
俺は横目にその様子を窺いながらも、ひとまず自分が休憩時間だったことを思い出し、「もう一本だけ……」と、癖のようにポケットを探った。
けれども、目当てのものはそこにはなく、
(ああ、そうか、さっき出しっぱなし……)
途中で気がついた俺は、さっきまで座っていたソファの方へと目を向けた。
案の定、傍らのテーブルの上には、見慣れた煙草のソフトケースと100円ライターが置いたままになっていた。
俺はそれらを手に取ると、早速浮かせた一本をくわえながら振り返る。その先に、ライターを構えながら、
「あ、煙草、吸っていい――」
か、と今更のように確認しようとしたところで、口許の煙草がぽろりと落下した。
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