333人が本棚に入れています
本棚に追加
/313ページ
* * *
せっかくの待ちに待った機会だというのに、俺の胸中はいまだもやもやとして一向に晴れる気配がない。
河原の話によると、今日の午前中、買い物に出ていた木崎にたまたま通りかかった見城が声をかけてきて……。そのまま車に乗せるようなことはしなかったらしいが、それからしばらく路肩に寄せた車のドア越しに、さっきのような話をしたとのことだった。
「でも、ほんとびっくりしたよ」
河原の部屋のリビングにも、俺の部屋同様に大きめのソファと、その正面にローテーブルが置いてある。床に敷かれているのは毛足の長い白一色のラグ。
そこに直接腰を下ろした河原は、テーブルを挟んで向かい側――ソファに座っていた俺にはにかむように笑いかけながら、懐かしそうに呟いた。
「多分もう、二度と会うことはないんだろうなって思ってたから……」
とりあえず、とそれぞれ一缶ずつ手にしたいつもと同じ銘柄のビール。河原は自分のそれを手のひらで挟むようにして持つと、手持ち無沙汰そうにゆるゆると転がし続けていた。蓋はまだ開けられていない。今はそんなことより、見城のことで頭がいっぱいなんだろう。
(そんな笑顔……)
今まで見たことない。
(あーくそ……)
勢いでばらしてしまったことは認めるが、だからといってそこに後悔はなかった。
もともと近い将来、こうなるだろうことは予想していたし、どのみち河原の知るところとなるなら、その時は俺の口からと思っていたからだ。
……まぁ、それが今日だとは想定していなかったが。
「しかもさ……まさか暮科が将人さんのこと知ってるなんて」
「まぁ……一部では有名だからな」
ここまできて、単なる同姓同名じゃないのか、なんて言えるはずもなく、俺は曖昧に相鎚を打ちながら、逃げるように自分の缶に口を付ける。
最初のコメントを投稿しよう!