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(もう、やめろよ)
テーブルの上に投げてあった煙草を手に取り、抜き出した一本に火を点ける。河原は煙草を吸わないが、俺用の灰皿がリビングの天板にはいつからか常備されていた。
それがどれほど嬉しかったか、河原は知らないのだ。
その時のことを思い出し、思い出せばいっそう遣る瀬ない心地にもなったけれど、
「次、もし店に来たら教えてくれよな」
あくまでも無邪気に笑う河原にそんな胸中を見せるわけにもいかず、俺は努めて平然と頷くしかなかった。
……見城が次、店に来たら……。
それを河原に伝える。俺の口から。
できるだろうか。
本音では絶対したくないのに。
想像するだけで堪らない気持ちになり、俺は逃げるように傍らに置いていた冷酒のグラスを一気に呷った。
このまま前後不覚になるほど酔えたらいいのに。
思うけれど、酒が回り、隙が増え、口数が増えていた河原に反して、今夜の俺はいつまで経っても素面同然だった。
(くそ、……)
……どうすればいいのか分からなくなってくる。
空にしたグラスを天板に戻すと、そのままソファの上へと仰向けに寝転んだ。喉の奥へと落ちていった液体を追うように、じわりと胸にアルコールの熱が灯る。持っていた煙草を口端に戻し、茫洋と見慣れた天井を見つめた。
「……暮科?」
「――……」
ややして――せめて少しでも酔えたらと、意図して適当な飲み方をしていたのがようやく効いてきたのだろうか。深く吸い込んだ紫煙を吐き出すと同時に、頭の中が僅かに揺らいだ気がした。
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