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河原は酔っている。
それは見ていればすぐ分かる。
慣れてくれるまでは判断しづらいが、河原はもともと人当たりのいい性格だ。
意外と根は明るいし、さっぱりしたところもあって、基本後ろ向きな俺よりよほど建設的だと感じることもあるくらいだった。
だが、どんなに慣れたところで、普段はここまで距離が測れなくなったりはしない。これほど無防備な姿を見せたりはしない。
……だからこれは、全て酒のせいなのだ。
くわえたままの煙草の灰が長くなっている。
そろそろ弾いておかなければ、間もなく落ちてしまうだろう。
俺は視線を横向け、ゆっくり身体を起こした。
すると河原がはっとしたように口を開いた。
「あ、水。……俺、水持ってくるよ」
言いながら、立ち上がろうとしたその手首を俺は掴む。
河原の身体がぎくりと強張ったのに気付きながら、何食わぬ顔して他方の手を灰皿に伸ばし、穂先をそこに押し付けた。
「暮、科……?」
膝立ちも半ばの河原が、俺の方へと振り返る。
ソファの上に座る俺の方が、僅かに目線は高かった。
「河原」
「な、なに?」
名を呼べば、ぎこちなくながらも笑みを返される。
わけもわからずただ驚いて、それでも深く考えてはいないのだろう。
「酔ってるのはお前だろ」
手を掴んだまま呟くと、「酔ってないよ」とただ小さく首を振られた。
「どう見ても酔ってんだろ。……まぁ、俺もそうかもしれねぇけど……」
言い訳めいた言葉が空々しく響く。
だが河原はいまだに何も気付いていないようで、
「だったらほら、やっぱ水――」
俺の手を振り解こうとはしないくせに、何でもないみたいに視線をキッチンへと投げるのだ。
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