お客様は神様

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 駅前の雑然とした飲食街に、夜中にも関わらず行列のできるラーメン屋がある。でかでかと『武神』と掲げられた看板の下には、いかにも油ギトギトのこってり系を好みそうなスーツ姿の男性たちが、今か今かと(よだれ)を垂らして順番を待っている。  このお店が私のバイト先である。といってもペーペーもペーペーで、今日が出勤初日である。  自分で言うのは気が引けるけれども、こんなお店は私に似つかわしくない。酔ったサラリーマンたちの中にポツンと一人放り込まれた私は、まるで狼の群れに紛れ込んだ羊のようだ。  そんなな私がこのような職場を選んだ理由はただ一つ、時給が高いからに他ならない。ほんとはオシャレなスイーツ店で働きたかったけれども、背に腹は代えられない。苦学生の私はとにかくお金が必要だし、学業との兼ね合いを考えると、勤務時間が夜なのも好都合だ。 「お待たせしました」  実地研修も兼ねて私はウェイトレスの仕事を一通り任されていた。 「おいおい、お嬢ちゃん」  ところが一人のお客さんに料理を運んだ時、ぶっきらぼうに声をかけられ私は身がすくんだ。しかしそれは単に不意を打たれたせいではなく、その男があまりの巨漢だったためであることも否定はしない。 「俺は餃子じゃなくてチャーハンを頼んだんだけど」  不貞腐(ふてくさ)れた男性客を前に、私はどうすればよいか分からずただあたふたするしかなかった。店長に助けを求めようとカウンターを振り返ったが、姿が見えない。 「ああ、お客様。どうかなさいましたか」  声の方を見遣ると店長は既に私の隣に立っていた。 「いや、なに。この子新人? 注文間違えてるんだけど」  私は咄嗟(とっさ)に口を開こうとしたが、店長はそれよりも早く矢継ぎ早に謝罪を述べた。 「ああ、それはどうも申し訳ありませんでした。ただちにチャーハンをお作り致しますのでどうかご容赦ください。それからこちらの餃子もサービスとさせていただきます。ささやかではありますが、よろしければ召し上がってください」  大柄な男はそれならいいと神妙に頷いた。 「お客様の寛大なお心に感謝いたします。ありがとうございます」  店長は執拗に手を揉み、何度も頭を下げてへりくだった。私は煮え切らない思いでその様子を眺めていた。
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