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私──松重慶治は、伯爵家に生まれた。
父の松重慶成は、広島の呰部家の生まれだったが、福山藩存続の為に養子に出され、福山藩最後の藩主として尽くして来た。
江戸から明治に代わり、廃藩置県が発令された後福山藩は広島県として統合された。そして天皇中心の政治である中央政権実現の為、藩主であった人々は東京への移住を余儀なくされ移住する。
そして1884年(明治17年)に華族令により松重家は伯爵家となった。
「え、姉様が嫁入りされるのですか?」
そう慶治が1歳上の兄・慶基から聞いたのは、松重家が伯爵に列せられてから13年が経った1897年の初秋だった。
「ああ。お相手は侯爵の湊本家だそうだ」
「侯爵⁉ それはまた随分と良いところで」
「まぁ良いじゃないか?貴代子姉さんはずっと良いところに嫁ぎたいとそう話していたのだから」
慶治には兄の慶基以外に、姉の貴代子がいる。貴代子は慶治の4歳上で、実に厳しい姉だ。厳しいというのは特に身分について語ることが多い為で『わたくし達の立場を考えてご覧なさいよ』と、もはや口癖になってしまっている。
「じゃあ今日は、何か盛大なことをするのですか?」
「そうじゃないかと思うが……。俺も鈴さんから聞いた話だから、あれだけ嬉しそうに来て話されるとな」
「なるほど。では、確かな話ですね」
鈴は、貴代子のお付き女中で仕事は出来るのだが、何でも話してしまうのが玉に傷というもので、ただお付きとして貴代子の傍にいることが多いのだから喜びもひとしおというものだろう。
「ですが、私はあのような場には相応しくないと思います」
「何故だ?」
慶治の突然の言葉に、慶基は表情を歪ませる。
「兄さんも分かるでしょう。私は人嫌いですから」
「お前はまたそういう……」
慶基は腕を組んで溜息を吐くと、少し慶治を睨みつけるような視線を向けた。
「門出は祝うものだと理解はしています。ですが、そういったことはどうも苦手でして」
「だが、祝いの席にお前がいないのは不味いだろう。我慢という言葉も覚えてくれ」
「分かっていますよ。ただでさえ、私は家の烙印ですから」
そうボヤく慶治に、慶基はさらに溜息を吐いた。
「何でも『烙印』と言うな。呰部家にまで届いたらどうなる?」
「どうなる、と言われましても······」
「呰部の家に傷が付くだろう? それくらいは分かると思うが」
訝しげに見る慶基の視線に、慶治は耐えられずその場を立った。
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