黄昏にチャイムを鳴らして

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目の前に座るご婦人は落ち着かない様子だった。髪は短く丁寧にセットされ、着ている服も仕草も上品である。手にブランド物のハンカチを握りしめ、宝石のついた指輪と重ね付けされた結婚指輪は、彼女が手を振るたびにキラリと光った。 「相談できる人がいなくて困っていたんです。気味の悪いお話で、どなたに相談したものかと。変な噂になって、話が伝わったらいけませんし。でも、人の口に戸は立てられないって言うでしょう?」 私は彼女の話を聞きながら、湯を沸かし、ティーポットに紅茶の用意をする。 「息子が、長男の方ですが、玄関に黒っぽい人が立っているって言うんです。新しい家に引っ越してきた時からずっと見えていたとか。この家に越してきて、もう半年になります。今でもまだ、時々見えているそうです。もちろん、他の家族には見えません。」 彼女は堰を切ったように、話し続ける。 「幽霊が怖いとか、除霊のお願いにきたんではありません。確かに気持ち悪いですが。家は買ったばかりですし、私は大人ですからね。私たちは何も感じませんし何の問題もありません。でも。」 彼女は目で私を追いながら、背筋を伸ばして椅子に浅く掛けなおす。 私は、彼女の前にティーカップを置き、紅茶を勧めた。 「お兄ちゃんの方は、見えると言っても淡々としています。ですが、見えない次男が面白がってふざけて回って。「今はいるの、いないの?」なんてしつこく聞くものですから。それで、あの。お兄ちゃんは…あの子は、頭がおかしいんでしょうか?」 「どうぞ、冷めないうちに召し上がってください。」 私はミルクの入ったピッチャーをカップの隣にコトリと置いて、彼女の話をさえぎった。 彼女は促されてようやくカップに手を添え、紅茶に砂糖とミルクを加える。ティーカップの底に描かれた花柄は、ミルクで白濁して見えなくなった。 椅子に深く腰をあずけると、私は彼女にアドバイスした。 「息子さんは、別におかしくないですよ?子供なんてそんなものです。それに、幽霊はいてもいなくても、そんなことどうでもいいんです。」 そう言いながら、 (こんな時、葉巻の一本でも取り出して、煙を燻らせたらさぞカッコよかろう。)などと、一瞬バカなこと考える。 タバコなんて吸ったことないし、気管支も弱いんだけれど。
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