黄昏にチャイムを鳴らして

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「お兄ちゃんはそっとしておき、しばらく様子を見られてはいかがですか?家族では、その話題になるべく触れないようにして。玄関も、意識してやたらに見ないで。無視されればいい。」 彼女はじっと、私を見つめる。まだ何か、納得してない目だ。 「小さい子の脳は成長を続けていて、まだ未熟なところがあります。それだけのことです。 ご自身が小さい頃、学校や友達の間でオカルトや都市伝説が流行ったりしませんでしたか?恥ずかしながら、私だって友達と一緒にこっくりさんにハマったものです。3人で抑えたコインが動いて、文字を指すからびっくりして。今でも仕組みはわからないけれど、あれは面白かったですね。 まあ、もちろん褒めれた遊びじゃありません。親の立場としては当然、辞めさせます。だから、息子さんも似たようなものでしょう。 今はあれ、(エンジェルさん)ていう名前で呼ばれているのかな?」 私は、ご婦人に淹れた紅茶のポットから、自分の飲む分をカップに注いだ。 ティーカップから湯気が昇り、日に照らされてキラキラと舞っている。 私たちは黙り込んだ。時計の針は、カチコチと時を刻む。 リンゴーン、リンゴーン。時計のベルが時報を告げた。 一つ二つ三つ……八つ九つ…。 私は見上げると、その時計を確認した。 「7時32分」 それは、時計の針が示した時刻だった。 目の前に視線を戻すと、ご婦人は消えていない。ティーカップが一客だけそこにある。 カップは今しがた、自分が飲むために用意したものだ。 部屋を見渡せば、あたりはすでに暗い。紅茶はすっかり冷めて水面にホコリが浮いている。 私はティーカップのフチをいったん口につけたが、思い止まって飲むのをやめた。 再び湯を沸かす。 ペアのティーカップは、だいぶ前に一つ割った。 だから、家にカップは1客しかないはずだ。自分が一つ使っているから、ご婦人のカップは今は存在してない。 私は紅茶をストレートで飲むので、婦人が手にしたミルクピッチャーは家にない。 新しい紅茶をカップに淹れなおし、今度こそ温かいうちに一口飲む。 それから思い直して、慣れない手つきで砂糖を2杯スプーンで加えた。 「頭に、ちょっとばかりの栄養が必要みたいだ。」 子供の頃の神秘体験なんてよくあること。別に珍しいことじゃない。 成長過程の未熟な脳は、時々そんなエラーを起こす。 いつの季節だったか。当時私はまだ、学生だった。 下校時刻をとうに過ぎた頃に、学校のチャイムが鳴ったんだ。それは、はじめと終わりを告げる、毎日聞き慣れたチャイムの音。 「変な時刻に鳴らすな」と、そう思いながら教室を見回した。教室には私1人しかいない。 きっと部活動か何かの終わりを知らせるために、今日だけ特別に鳴らしたんだろう。今日は、何かの行事でもあるのだろうか? 私は椅子に座ったまま耳をすます。廊下、校庭、体育館。 人の声はどこにもしない。生徒は私以外、みんな見あたらない。   チャイムがひと通り鳴ってから、奇妙なことが起きた。 鳴り終わったはずのチャイム音が、また最初から鳴り始めたのだ。こんなことは一度も経験したことがない。チャイムは一度鳴らせば充分なのに。 チャイムは続けざま、3回目が始まった。 へんなの。 私は思わず笑い出す。3回も鳴らすなんて、何の冗談だろう。 誰か教室に戻ってこないかな?ひとりでこの音聞いて、笑っていたってつまらない。
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