静寂

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静寂

そこで、陸久の話が止まった。 なんとかして思い出そうとしているのか、それでもイマイチ思い出せないようだった。 それもそうだ。あの事件から既に3ヶ月は経っている。人の噂も七十五日とかって言うし、人間の記憶力は数秒ほどだとも言われる。だから思い出せないのもしょうがない。 しばらく静かな時間が流れた。聞こえるのは、グラウンドで練習しているサッカー部の声と蝉の声ぐらいだ。 時折風が吹いて、プールの水面を優しく撫でて波紋を作っている。 その景色にうっとりと見惚れ、また飛び込みたいという感情が湧いてきたとき、陸久が言った。 「だめだ、いまいちしっかり思い出せない。悪いな。」 考えてた時間は数分なのだろうが、その時間がとても長く感じれた。そして陸久はそのままプールサイドに寝転がった。 さっきまでずぶ濡れだった服が、すっかり乾いていた。 こんな暑いのだから濡れた服もすぐ乾いてしまうのだろう。さっきまでの涼しさが嘘のように今はじっとりと汗をかいている。 寝転んですぐ”暑っ”と言って起き上がり私を見てきた。目があった時フッと笑ってくれた顔は優しく夏の日差しにとても似合っていた。 なんだか妙に照れた私は、話をもとに戻すため言った。 「それじゃ、次回に持ち越しってことかな?」 「そのほうがいいかもな。その代わり次回はしっかり言えよ。」 「気が向いてたら、ね。」 そんな事を言って、その日は家に帰った。手元の時計を見ると、2時間以上経っていた。それに気づいた途端、猛烈なめまいに襲われた。炎天下の中2時間もいたんだ、頭痛やめまいが起こってもおかしくない。それでも、もう少しいても良かったな、とそんな事を考えながら日が最も高い時間に帰りの道を歩いていた。
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