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三度目の正直
私が陸久を見つけた時、陸久はプールの木陰に座って本を読んでいた。木漏れ日の中で静かに、紙を捲る音とセミのなく声だけが聞こえる。
それぐらいに静かだった。
ゆっくり歩み寄り、隣に腰を下ろす。じっとりとした風が肌をなぞり、急に体が熱くなる。
するとどうしても、プールに飛び込みたくなるのだ。
目の前に自分を楽にできる場所がある。しかも今はどうにも暑い。それならもう飛び込むしかない。
意識朦朧とさせながら立ち上がりプールサイドへにじり寄る。
たどり着いた瞬間、力が抜けた。重力と摩擦力に身を任せ、倒れ込む、プールに。
―――ドボン
大きな音を立てて私はプールの底に沈む。目を開けるのも億劫なぐらい水は重く手招く。
意識を手放そうとした時、聞き慣れた音が聞こえる。
―――ドボン
光が降り注ぐ。ゆらゆらと動く光に見とれていると、優しい手が伸びてきた。
今日もその手は私の腕を引く……
違った。
その手はまっすぐ私のとこまで来て、顔に触れた。そのまま引き寄せられ。
なにかが触れたような気がした。いや、水の感触だったのかもしれない。
柔らかいものが軽く触れた、そんな気がした。
だが、すぐにその感触は消え、ゆっくりと水面に引き上げられた。
「ぷはっ……ゲホッゲホッ」
浮上した瞬間に肺に入る空気は甘かった。
さっきの感触は何だったのだろうか、その疑問が今になって沸々と湧き上がる。
「おまえさぁ、馬鹿なの?これで何回目?」
「まだたったの3回じゃないか」
恒例になったこの会話は、いつもどおり陸久の呆れ顔から始まり説教に終わる。
水面に顔を出した状態で説教を聞いてるうちに体の熱が冷めていき、それにつれさっきの疑問が膨らんでいく。
あの感触は何だったのだろうか。
「おい、聞いてんのか?」
上の空だった私を少し心配そうに覗き込んだ陸久の顔はいつもどおりだった。
「耳にタコができるほど聞いたよ」
「あのなぁ……ま、いいや。早くプールから上がるぞ、風邪引くからな。」
先に上がり手を引いてくれた陸久の手もいつもどおりだった。
そのまま私は何事もなかったかのように木陰に向かった。
その間、いつもと違ったことといえば陸久が目を合わせてくれなかったことだ。
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