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夏の約束
リハビリが順調に進み、汗ばむようになった初夏に彼は来た。
「大丈夫か?」
その穏やかで男子特有の低い声の持ち主―新海陸久―は心配げにお見舞いに来てくれた。
いつもなら人の良さそうな笑顔を浮かべているが、今日は心配そうな面持ちだった。
私と同じクラスであり、学級委員でもある陸久はおそらくプリント類を持ってきてくれたのだろう。手には少し大きめのかばんを持っている。
「大丈夫だよ。手に持ってるのはプリントとノート?」
「あぁ、そうだけどいる?」
「いらないね、学年一位の頭脳なめてもらっちゃ困るよ。」
「だよな。そしてよくこの状況で軽口叩けるな……」
陸久は一度取り出そうとしたが、私の言葉を聞いてすぐに取り出すのをやめた。
そして、一言聞いた。
「あの日何があった?」
私は少し悩んだ。事の顛末を陸久に話すかどうか決めあぐねていた。
少しの時間が過ぎて、私は言った。
「色々あった。」
「しらばっくれるのかよ。」
「お互いのために、知らなくていいもの、知らないほうが得なものがこの世にはあるんだよ。」
「何だそれ。」
「そういうものだよ。」
陸久はしばらく考えていた。考える姿も可愛いなとか思って見ていると、
「どうしたら教えてくれる?」
と聞いてきた。私としては、余計な噂が広まるのも困るし先生の愚行を説明するのもめんどくさい。だから、なるべく話したくはなかった。
しかし本心は、誰かにあったことをすべてぶちまけたい、大泣きしたい、この気持をわかってほしいと訴える。
時間が経ち、すっかり萎れてしまった白いガーベラとカモミールを一瞥して私は言った。
「沢山の人に迷惑をかけることになるかもしれないから。」
「まだ、迷惑をかけるって決まったわけじゃないだろ。」
「それでも心配。」
頑なに拒否する私を訝しげに見る陸久は悲しそうにも見えた。
なぜそんな顔をするんだ、罪悪感が芽生えたとき思わず声にしてしまった。
「…………じゃあ、誰にも言わないなら言ってあげてもいい。」
「言わない。」
あまりの即答に少しだけたじろいぐ。しかしここで教えてしまったら、今まで我慢してきた私の行動すべては意味がなくなる。
「軽く聞こえるな~。」
「夏休み中、少しづつ言ってくのは?」
「どういうこと?」
「そのままだよ、夏休み中お互いあって話をしていく。
俺は、風花が休んでたときの学校の様子を。風花は事件の詳細を。」
なるほど、それもいいな。しかしやはり、噂になること、周りを巻き込むことが心配だった。
でもそれ以上に、誰かに助けを求めたかった。気持ちも、考えたことも、理不尽なことも全部を誰かに聞いてほしかった。
矛盾しているようだが、理性と本能ってそんなもんでしょ?
自分のやりたいことと、実際にはこうしたほうがいいことが一致しないなんてよくあるじゃん。
だから答えたんだ。
「それならいいよ。」
彼は、優しく微笑んだ。満足そうに、そして安心したように。
「じゃあ、約束だぞ。必ず守れよ。」
最後に”しっかり休めよ”と気遣いの言葉を残して陸久は帰っていった。
嵐が去ったあとの静けさに浸るように、私は眠りに落ちた。
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