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「ちょっと待ってよ。俺は何の罪で逮捕されるわけ?」
伊織が訊いた。
野本は持っていた手錠を伊織の手首にはめることができず、言葉を返すこともできないようだった。
「放してよ。俺を逮捕したいなら令状を持ってきてくれない?罪状が分からないと俺も納得できないからさ」
野本とそらは、苛立った表情を浮かべながら伊織の身体から手を放し、解放した。伊織は両手で床を押すと身体を起こし、その場に立ち上がって膝を払った。
「汚れちゃったじゃん。野本さんって意外と感情で動くタイプだったんだね。見た目はすごくクールなのに。お父さんが死んだ時もそんなふうに取り乱したのかな?」
わざと煽るような口調で、野本に近づいてそう言った。
野本は目を大きくして驚いた表情を浮かべていた。ただそれだけの事なのに声を上げて笑いそうになってしまった。
このままでは墓穴を掘りそうだ。そう思った伊織は二人に背を向けて歩き出した。
「なぜお前が知っている!?」
野本が声を上げたのを聞きながら、伊織はマスクの下で微笑む。
どうせ追いかけてこられない。彼らに自分を逮捕する理由はない。どこにも殺人の証拠はない。
「野本さんがあんな話し方するなんて意外だな……。まあ…それは置いといて、警察は俺を捕まえる事もできないよね」
小声でそう呟くと、目的の場所は諦めてエスカレーターに乗り、1階の出入り口から外へと出た――。
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