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第一章 滝川健(たきがわけん)
今、視界の端を掠めた後ろ姿は、もしかして妹の康葉(やすは)じゃないだろうか。
健はそちらを向いた。田んぼの中ののどかな田舎道が、向こうへと続いている。そこをちょこちょこと遠ざかっていく小さな後ろ頭が見えた。左右に分けて束ねた髪が、ふぁさふぁさと揺れている。
「何やってんだ、あいつ。あんなとこで……」
むっとする草いきれの中に立っていると、すぐに体がじっとりと汗ばんでくる季節。一年の中で一番、太陽と顔を合わせる時間が長いとき。といっても、こうして中学二年生の健が部活を終えて帰ってくる時間になると、さすがに辺りはもう薄暗い。薄墨を纏(まと)ったように、視界がはっきりとしない。
健は迷った。声をかけようか、やめとこうか。迷っているのには、理由があった。康葉が向かっていく先には、あれがあるのだ。
そのとき、そばの横道から、誰かが駆けてくるのが見えた。泰葉と同い年くらいの女の子で、胸にレジ袋を抱えている。康葉もその子に気がついたらしく、手を振っている。二人とも、遠くから健が見ているのには気がついていないらしく、二人で合流すると、そのまま向こうに行ってしまった。
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