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第50話
晴をうまく誘導できたことを要に知らせると、『OK、次だね』と短い返事が来た。
実は、要の家に行くのもワインを飲むのもすべて嘘だ。杏子は自分が勝負に負けるのはわかっている。だったとしても、大人げないのはわかっていても、棄権はしたくない。
『大冨さんにご執心みたいだから、ちょっと吹っ掛けたら出てくるはずだよ』
要が確信をもっているので、杏子は彼の言葉を信じることにした。会社の帰りに駅で要と合流する。
「杉浦さん、どうしてこんなに協力してくれるんですか?」
「こちらにも思惑があるからね……ちなみに、向井くんでしょ、大冨さんの幼馴染」
言っていないのにばれてしまって、杏子はびっくりした。
「……どうして知って……」
「勘。同じマンションに住んでいるって怪しいからね。それに送って行ったとき、俺を見る目がなんか牽制している感じだった」
「恐れ入りました」
要はふふふと笑う。
「ちなみに俺、本当に恋愛に興味がないんだ。つき合う予定はないのに、誰かに優しくするとすぐ噂になって困ってる」
美奈子情報によると、たしか経理課の最後の要と呼ばれていたはずだ。
「大冨さんは俺に対して勘違いもしなくて、一緒にいて楽なんだよね」
「光栄です」
「それに、あんなにハイペースで飲んでつぶれない人はいないからね。おまけにお酒に詳しいし。俺にとっては大冨さんは貴重なワイン友達だよ」
気楽な飲み友達、というポジションで居たいという気持ちが一致していたのは嬉しいことだ。
「それから……実は、これから飲みに行くお店、すごく気に入ってるんだけどバイトの子に言い寄られて困ってる」
「ああ、それで私と一緒に行って牽制するつもりなんですね」
「そういうこと。だから、彼女っぽくしてくれると助かる」
頑張ります、と杏子は気合を入れた。
「でも演技もほどほどがいいかな。ちょっかい出したら、あっという間に両手を千切りにきそうな凶暴な番犬だよね、向井くんって」
ちなみについてきているとと言われ、杏子はぎょっとした。要は優しく微笑むと、杏子の肩をポンポンと優しくたたいた。
「じゃあ今から、向井くんとの関係修復と、俺に言い寄る子を牽制することのダブルミッションということで、恋人ごっこを始めよう」
「よろしくお願いします」
「お互い、酒の肴にちょうどいいネタだね」
杏子は要らしい台詞に、ぷっと吹き出してしまった。
彼の家の最寄り駅に到着し、電車を降りると恋人に見えるだろう距離感で歩き出す。
杏子が緊張しているのがわかったのか、要がさりげなく腰に手を回してきた。
その瞬間。殺気が背中に突き刺さったような感じがしたが、杏子は構わず歩き続けた。
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