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第53話
「真相が知れて良かったね、大冨さん」
「ありがとうございます、杉浦さん」
ぺこりとお辞儀をした杏子を見て、晴がピクリと眉毛を動かした。
「まさか、お前ら俺をはめた……?」
要はくすくす笑った。
「その通り。めでたくくっつくわけなんだから、いいでしょう?」
「騙しやがったな、あんこ!」
杏子が飛びあがると、要はこらこらと晴を制しながら口を開く。
「大冨さんは、好きじゃなきゃ手に触れるのも嫌がる人だよ。触れても向井くんが拒絶されないのなら、大冨さんが誰を好きで大事に思ってるかわかるよね?」
杏子は顔を真っ赤にした。
「ちなみにここ、俺の家じゃなくてお気に入りのお店の最寄り駅。二人の仲を取り持ったんだし、俺のほうの案件もつき合ってくれるかな?」
「断る」「もちろんです!」
晴と杏子の意見は見事に割れる。晴が杏子をにらんだのだが、杏子は口を尖らせた。
「嫌なら私一人で行く。杉浦さんと約束しているし」
「だめに決まってるだろ。もういい、三人でいくから!」
そのかわり、と晴は要を睨みつける。
「二軒目はなし」
「もちろん」
その後、杏子はあまり役に立たなかった。というのも、要に気があった子は、晴の営業スマイルにあっさり騙されることになったからだ。
思うに、この結果は要が一番美味しいとこどりしたのではないだろうか。
連絡先を聞こうとしたアルバイトの子に、晴は笑顔で婚約者がいることを伝えた。隣で聞いていた杏子は、お酒を危うく噴き出すところだったがこらえた。
「――二人ともありがとう。これで言い寄られなくなると思うと、お店にも行きやすくなったよ」
「そりゃよかったな」
要に合わせてウイスキーを飲んだせいで、晴は酔っているらしい。要は「あとは二人とも、仲良くね」と笑って手を振って帰っていく。
晴は憮然とした表情で要の後ろ姿を見送ってから、杏子の手を掴むと駅へ歩きだす。
「晴、痛いってば」
「俺をだましたことを後悔させてやるからな」
「晴だって教えてくれなかったし、言ってくれなかったじゃん!」
「俺はいいの!」
「よくない!」
相変わらず言いあってしまったが、晴の顔がお酒だけじゃなくて赤くなっているようだったので、杏子は笑ってしまった。
駅についてタクシーを拾うと、晴がすぐに行先を告げる。家に帰ると、晴は杏子を抱きかかえてベッドに放り投げた。
「彼氏もできなかったんだし、勝負の期限切れだからな。あんこは俺のものだ――覚悟しろよ」
「最初から勝たせるつもりなかったくせに」
「当たり前だろ。ずっと好きなんだから」
晴はネクタイを緩めながら杏子の唇に自分のを重ねてくる。お互いに触れあうと、心の底から安心できた。
「あんこは俺でいっぱいになっていればいいの」
言われなくても、すでに杏子は晴で頭がいっぱいだ。それは、勝負をした時からではなく、もっとずっと前から。
「好きだよ、きょうちゃん。骨になるまでずっと大事にする」
「私も好きだよ、晴」
杏子は晴をぎゅっと抱きしめた。
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