数年後

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数年後

「もうしんどいです。看護師ってもっとキラキラしたものかと思ってました。白衣の天使なんて大嘘! 美しさゼロ!」  疲れた様子の新人をご飯に誘ってみると、ビール一杯飲み干した瞬間これだ。相当溜まっていたらしい。 「いろいろ経験したら考えが変わることもあるかもよ? 愚痴ならいくらでも聞くから。頑張んなよ、ひよこちゃん」  ひよこをとっくに卒業した私は、経験を積む中で強くなったと思う。  急変に出会っても臨機応変に対応できる。病棟で泣くこともない。だけど私は、人の命が消えゆく痛みをちゃんと知っている。だからこそ何があっても歯を食いしばって前を向き、命を繋ぎとめようとする自分の仕事に誇りを持って続けられているのだと思う。  あの日の経験は篠崎先輩の言った通り、私の糧となっている。 「榎本先輩だっていつも休憩室で愚痴言ってるのに、なんだかんだ生き生き仕事してますよね。先輩は何で看護師になったんですか?」 「そんなのもう知ってるでしょ、血管フェチだからだよ」 「ええー! 榎本先輩って看護師になってから血管フェチになったんじゃなくて、そもそも血管フェチだったんですか! それウケますね」  ツボに入ったのか、新人はお腹を抱えてケラケラと笑いだした。  確かに血管が好きで看護師を目指した。そこには夢も希望も向上心も何もなかった。だけど経験を重ねて、私が看護師を続ける理由は変わった。私が捏造した嘘っぱちのもっともらしい仕事を始めた理由が、今の私が仕事を続ける理由になっているなんて、苦笑するしかない。  いつからか仕事を始めた理由を聞かれると、あの嘘ではなく本当の理由を笑いながら伝えるようになっていた。多分それはきっと、私が捏造したあの理由が、今仕事を続ける本当の理由になってしまったからだ。  もしも理由を聞かれた時、血管フェチだと言えば冗談めいた笑い話で流れるだろう。だけど例の真面目な理由を言えば、私の普段のキャラクターに似合わなさすぎて「何それ!」なんて馬鹿にしたように笑われると思う。  血管フェチは笑ってくれていい。だけど真面目な理由はもう馬鹿にされたくない。大切な思いを、誰にも笑わせずにちゃんと護っていきたい。  だから私は今日もただのおちゃらけ血管フェチナースを演じる。  これはつまりそう、カモフラージュだ、カモフラージュ。  
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