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「大きな音がしましたけど大丈夫ですか?」
突然カーテンが開いて、通りかかったらしい夜勤の先輩が顔を出した。
「磯部さん!」
先輩はすぐにナースコールを押して応援を要請し、テキパキとすべきことをしていた。私は目の前で起こることをただただガタガタと震えながら見守るしかできなかった。情けなくておかしくなりそうだった。
「ちょっと榎本さん、邪魔だからどいて!」
言われなくたってわかっていたけれど、足に力が入らないんだ。だけどそんなこと言える状況ではなくて、私は這うようにして腕の力だけで病室を出た。
私が手をついたところには、磯部さんの血液が残った。
その後沢山の人が来て、磯部さんはどこかへ運ばれて行った。私はしばらく部屋の前の廊下で小さくなっていたけど、他の夜勤の先輩に帰るよう優しく促されて、なんとか体を持ち上げたのだと思う。でも正直、どうやって家に帰ったのかはあまり覚えていない。
翌朝、ホワイトボードから磯部さんの名前がなくなっていた。他病棟にいることも書かれていなかった。つまりは――亡くなったのだ。
帰ってから必死に祈ったけれど、だめだった。第一発見者の私が何か違う動きをしていたら、磯部さんは生きていられたのだろうか。私が、受け持ち看護師のくせにこの私が、磯部さんを殺してしまったのだろうか。
手が異様に冷たい。血の気が引くのが分かった。
「榎本さん、大丈夫?」
日勤のメンバーが私の顔を覗き込む。私は懸命に笑顔を浮かべた。
「大丈夫です。働けます」
例え一年目でできることが少ない私でも、一人のスタッフと数えられて今日の勤務が組まれている。事前連絡であれば勤務調整もできたはずだけれど、今このタイミングで私がいなくなれば、今日の日勤スタッフはマイナス一人で回さなければならなくなる。つまり他のスタッフに負担がかかる。
それでなくとも迷惑ばかりかけているのに、私の気持ちの問題でこれ以上の迷惑はかけられない。働かなければならないのだ、私は。私が選んだ仕事はそういうものだ。
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