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その日の私の担当割り当ては、他の人に比べて随分と軽かった。きっとみんな、何があったかを察していた。特別な配慮に申し訳ないと思いつつも、本音は物凄くありがたかった。
何とか午前中のケアをこなし、昼休憩に入る前にリーダー看護師へ申し送りを行う。いつも通り45分の休憩時間があてがわれたけれど、何も食べる気にならない。
とりあえず休憩室には行くことにし、時間を潰す方法を考えながら歩いていると、突然篠崎先輩に手を掴まれた。先輩に掴まれたところは、昨日磯部さんの血に赤く染まったところだった。もうそこに血液はないのに、フラッシュバックのように昨日の光景が蘇り、思わず体が震える。
「……ちょっと来て」
深くため息をついた先輩が低めの声で言った。怒られるんだと思った。
連れていかれたのはあいていた面談室だった。先輩はなぜか対面ではなく私の隣に座った。私はどうすればいいかわからず、膝の上で両手を握りしめて俯いた。
「……大丈夫?」
「大丈夫です。すみません、心配かけて」
「聞き方間違えたね。大丈夫なわけないもの」
先輩が私の丸くなった背中に掌を当てたのがその熱でわかった。ナース服越しの先輩の手は意外なほどに温かくて、薬みたいに私の背中から心に伝わっていく。泣きそうになった。
先輩がそれから何も言わなくなったので、恐る恐る顔を上げる。先輩は、見たことない程優しく微笑んでいた。微笑まれているのに、なぜだか私の涙腺は崩壊した。
どこにこんなに溜まっていたのだというくらいに涙が止まらなくなった。白いナース服に、今日はグレーの染みができていく。先輩は私が落ち着くまで、ただそっと私の背中を撫ぜ続けた。
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