ひよこ

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「榎本が磯部さんを想って一生懸命看護してたこと、みんな知ってる」  私の感情の波がピークを越えた頃を見計らったように、先輩がポツリポツリと紡ぎ出した。 「辛いね。経験したことない痛みだと思う」  本当にその通りだ。私はまだ自分のおじいちゃんもおばあちゃんも元気で、身近な人が亡くなるのは未経験で。磯部さんと出会ってからの日々は決して長くはないけれど、磯部さんにはなんとなく親族の様な、他人ではない親しみを感じていた。私は声が出せなくて、代わりに大きく何度も頷いた。 「でもね、これは看護師なら誰もが通る道。そして年数を重ねるとある日突然泣けなくなるの」  この辛さにも慣れてしまうということか。それは良いことなのだろうか、悪いことなのだろうか。わからない。業務に支障を大きくきたさないという点では良いことなのかもしれない。だけどそれは人として、とても悲しいことなんじゃないかとも思う。 「榎本が磯部さんに入れ込み過ぎていることはわかってた。わかっていてそのままにしていたのは、わからないことが多い中でただ直向きに患者さんと向き合う経験が、後に榎本の糧になると思ったから。だけど突然こういう結果になって、それが糧ではなく榎本のトラウマになるだけなら、私の判断ミス。私のせいだ」  先輩が苦し気に表情を歪めた。いつも何だってそつなくこなす篠崎先輩のこんな顔、初めて見た。  よくよく考えれば先輩だってただの一看護師だ。この春たまたまプリセプターにも任命されただけで、ベースの仕事は同じ。自分の業務もある中で新人を育てるというのは、簡単なことじゃないと思う。それでも私を見て、いろんなことを考え、迷い、先輩なりにより良い方法で私を育てたいと考えてくれていたのだ。  先輩の言葉がとても嬉しかった。しかし決して悲しみが消えたわけではなくて、だけど先輩の言葉を聞く前とは確実に違う気持ちが混じっていて、どうしたらいいかはやっぱりわからなかった。  ただ、篠崎先輩には自分を責めてほしくはなくて、私はまた溢れだした涙を押さえながら必死に首を横に振った。ふっと息を吐いた後、ありがと、と先輩が小さく呟くのが聞こえた。
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